「マンUの伝説、全北の団長になった」…英メディアのパク・チソン近況照明
OSEN



※一部要約

英国"ザ・サン"は3日、「マンチェスター・ユナイテッドの伝説パク・チソンが全北現代モータースのディレクターになった」として、パク・チソンの近況を集中照明した。

2005年7月にマンUに入団して大韓民国1号プレミアリーガーになったパク・チソンは、2012年7月までプレーした。
公式戦204試合に出て28ゴール29アシストを記録した。
パク・チソンはマンUでプレミアリーグ4回、UEFAチャンピオンズリーグ1回、カップ大会3回などを優勝した。

メディアは「パク・チソンが活躍した7シーズンの間、彼はファンが最も好きな選手だった。チャンピオンズリーグ、プレミアリーグ優勝4回に貢献した後、クイーンズ・パーク・レンジャーズで活躍した。その後PSVアイントホーフェンにレンタルで離れて引退した」と説明した。

去年はじめに全北のアドバイザーに就任したパク・チソンは、成人チームから幼少年チームまでを合わせて、クラブの運営哲学の樹立や中長期計画の準備に力を加えた。
今後、パク・チソンはテクニカルディレクターとして選手団構成の総括を担い、選手評価と選手団構成を直接行う。

パク・チソンは成人チームの戦力強化だけでなく、選手団と事務局の架け橋の役割、ユースシステムの方向設定など、アドバイザー時代より幅広い業務を担う。


スポンサーリンク
楽天





全北"ディレクター"に就任したパク・チソン、「ヨーロッパ選手の獲得さらに容易になる」
マイデイリー



※一部要約

ディレクター就任発表を約10日後に控え、日本東京でパク・チソンディレクターと会って彼の豊富を聞くことができた。

どちら側から先にディレクター業務をオファーしたのか聞くと「最近、全北からアドバイザーの再契約をオファーされた。私も肯定的だった。全北のアドバイザー業務を遂行し、クラブへの愛情が大きくなった」として、「もっと積極的にクラブの業務に関与したいという意を私が示した。クラブ側は快く私の意志を受け入れてくれた。1年半の間、お互い良く気が合った。この度職責を(アドバイザーから)ディレクターに変えて再契約した」と説明した。

続けて「アドバイザー業務と比べて責任がさらに大きくなった。全北の1軍選手の獲得について、コーチングスタッフともっとたくさん言葉を交わす予定だ。私が直接選手と当たってみることもある。外国人選手の獲得も同じだ。私はまだヨーロッパに住んでいるので、ヨーロッパ選手の獲得は以前よりさらに容易になるだろう」とした。

全北を含め、ほとんどのKリーグクラブは主にブラジル出身の選手を獲得して戦力を補強してきた。
ヨーロッパ出身の選手を獲得するのは現実的に困難があった。
パク・チソンディレクターは「ヨーロッパの選手はヨーロッパでプレーしたい熱望がブラジルの選手より大きい。(彼らがKリーグに来るとしても)若い選手より高齢の選手が来る確率が高い。それが現実だ。私がしっかり説得しなければならない。Kリーグファンに興味を与えられる選手を探す」と答えた。



パク・チソンディレクターが全北に望む点は明確である。
彼は「全北の競技力が粘り強くあってほしい。Kリーグ最高のチームに相応しい姿を見せなければならない。全北のファンはすごく攻撃的なサッカーを望んでいる。チェ・ガンヒ監督時代からそうだった。攻撃サッカーをずっと続けなければならない。今よりもさらに攻撃的なサッカーをするチームにならなければならない」と強調した。

ユース育成システムを少しずつ変えようとしている。
パクディレクターは「既存の韓国文化にヨーロッパの文化を取り入れ、ヨーロッパに行ったときに適応する時間を減らしたい。韓国文化に適応しすぎているとヨーロッパに適応しにくい」として、「海外に行けば管理されるものがない。すべて自分でしなければならない。もう少しプロらしくなるよう願っている。プロのユースチームに来るくらいであれば、プロらしい姿でなければならない。本人が自ら律して管理することもプロ選手として重要な資質」と語った。


※ヨーロッパか故郷の水原で働くかと思ったけど、全北でずっと続けるのか……。


Page Top

ブログパーツ アクセスランキング
    Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...