オ・セフン「蔚山に要請したのは"バイアウト引き下げ"だけだった」 [イ・グンスンのキックアンドラッシュ]
スポーツ春秋



※一部要約

2月24日。
Jリーグの清水エスパルスが韓国U-23サッカー代表ストライカーであるオ・セフンの獲得を発表した。

オ・セフンは蔚山現代に150アンドル(韓貨約18億ウォン)の移籍金をもたらした。
清水は当初、蔚山に15億ウォンの移籍金を提示して拒絶された。
清水は諦めずにバイアウト金額を提示した。

サッカー界はオ・セフンの清水移籍に冷笑的だ。
サッカー界の関係者の考えを統合すれば、以下の通りである。

「オ・セフンは韓国サッカーの未来を担うべきストライカーだ。Kリーグ1のトップに挑戦する蔚山でも核心である。そういう選手が2021シーズンのJリーグで20クラブ中14位に留まった清水へ向かう。理解できない。オ・セフンが蔚山に大幅な年俸の引き上げを要求したと聞いた。それを拒絶されて清水に向かったとようだ」

オ・セフンもサッカー界の視線を知っている。
オ・セフンは「清水のオファーを受けて、蔚山に要求したことはただ一つだった。150万ドルに設定されたバイアウト金額をイ・ドンジュン先輩と同じ100万ドル(韓貨約12億ウォン)に下げてほしいということ」と強調した。


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─2月24日に清水エスパルスが「Kリーグ1の蔚山現代からオ・セフンを獲得した」と発表しました。

「長く待っていたオフィシャルです。気持ちが軽くなりました。新たな舞台とチームで本来の技量を最大限に発揮することに集中します」


─新たな挑戦を控えて、ワクワクよりも憂いがいっぱいの顔です。

「うーん…。清水移籍を決めて少し大変な時間を過ごしていました」


─なぜですか?

「清水はオ・セフンという選手をとても強く欲しがっているということを示しました。クラブとの映像ミーティングで、私をどう活用するのかとても具体的に話しました。清水はサッカー界が知っている通り、予想を超える支出を敢行しましたし。チームの核心選手と認定するというのが感じられる待遇でした」


─サッカー界ではオ・セフン監督がホン・ミョンボ監督との面談後、チームに残留することにしたという話があります。

「清水から最初のオファーを受けたとき、"無条件に出ていく"ではありませんでした。蔚山のユースで成長してプロデビューしました。当時、蔚山の前方を担っていた(キム・)シヌク兄を見て、韓国最高のストライカーになりたかったんです。蔚山は私のサッカー人生で欠かせないチームです。なので悩みがありました」


─どんな?

「攻撃陣の構成が難しいチーム状況を誰よりもよくわかっていました。一緒に汗を流したコーチングスタッフ、先輩、ファンのために残らなければならないのか何度も悩みました。ホン・ミョンボ監督がいつもされていた言葉があります。「失うものがあるなら、必ず得ようと思うものがなければならない」と言いました。蔚山はKリーグ1とAFCチャンピオンズリーグの頂点に挑戦するチームです。少し振るわないだけで主戦のポジションを奪われることもあります。クラブには残留の条件を一つだけ要請しました」


─何を要請したのですか。

「チームに残るのでバイアウト金額を下げてほしいと言いました。2021シーズンを終えてドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンに移籍したイ・ドンジュン先輩と同じ金額を望みました」


─サッカー界ではオ・セフンのバイアウトが150万ドルだったと理解しています。イ・ドンジュンは100万ドルだったと聞いています。

「無理な要求ではないと判断しました。クラブとの合意点を見出そうと考えました。そうしている間に清水が移籍金150万ドルをオファーしたのです」


─あぁ。

「一つ悔やまれるのは、ホン・ミョンボ監督との面談で私の意志をはっきりと表現できなかったということです。監督は韓国サッカーの伝説中の伝説です。蔚山というKリーグ1最高のクラブの監督です。監督の前で私の意志を100%表現するのは難しかったです」


─サッカー界ではオ・セフンがバイアウトだけでなく、大幅な年俸引き上げを要求したと聞いています。

「まったく事実ではありません。私はクラブ残留の条件に、バイアウト金額を下げてほしいということだけを要求しました。いくつかのオンライン放送をはじめとして、サッカーコミュニティでは事実と異なる内容が飛び交っています。私が蔚山に大幅な年俸引き上げを要求したということです。それが受け入れられなかったからお金をたくさんくれるJリーグ中下位圏クラブに向かったのだろう、と。そのせいでかなり大変でした」

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─最も大変だったのは何でしたか。

「蔚山現代に誰よりも感謝の気持を持っています。私は蔚山のユースで夢を育みました。蔚山でプロサッカー選手としてデビューしました。太極マークまで貰ったのです。蔚山ファンは何にも変えられない存在です。そのような方々に、事実ではない情報により大きな批判を受けました。私は構いません。ファンはそのようはことができます。けど、家族が苦しんでいるのを見てすごく痛かった」


─家族が苦しんだのはどういうことなのですか。

「私と両親はどちらもサッカーコミュニティをチェックしています。そこで上がってくる温かい一言が、大きな力になったりしていました。今回は違いました。私の選択を批判し、罵っている方々がおられました。両親に"しばらくコミュニティをチェックしないように"と言いましたが…両親は私のほうを心配しました。睡眠もまともに取れないのに"そんなに大変じゃない。君が傷ついてなければ良い"と言いました」


─度を越した批判は大きな問題です。オ・セフンを驚かせた文章はありましたか。

「あるファンがSNSメッセージで"日本で脚が折れて一生身体障害者として暮らせ"と言いました。2021シーズン後半期に軍服務を終えて戻ってきたとき、私に「我々のユースの誇り。オ・セフン選手をいつも応援しています。君が韓国最高です」と行った方でした。蔚山が年俸引き上げをしなくて去るのが事実なら、私は悔しいと思わないでしょう。嘘が事実として受け入れられて、ファンの非難まで受けているので大変なのです」


─ファンは王ではありません。互いに守るべきラインというのがあります。スター選手はファンの人身攻撃があっても黙っていなければならないのですか。

「私も幼い頃は蔚山ファンでした。ファンがどの情報に接したのかわかっています。チームを誰よりも愛している方々です」


─オ・セフンは選手である前に人間です。人を罵って呪うのは、愛ではなく暴力です。二度とこのようなことが起きないように正すつもりはないのですか。

「蔚山では良い記憶だけを残したいです。いつか韓国に戻ったとき、蔚山に復帰してプレーしたい気持ちが大きい」

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─新たな挑戦を控える選手なのに、雰囲気が非常に重そうに見えます。新たな挑戦じゃないですか。いつも考えてきたJリーグはどういう舞台でしたか。

「蔚山ユースに身を置いていたときから、日本チームと何度も対決しました。すごく違いました。韓国がパワーとスピードを重視するなら、日本は繊細な攻撃作業に集中していました。Jリーグ挑戦を考えたのはこのときからでした。アジア最高レベルのKリーグとJリーグの強みを結合し、いつかヨーロッパに行こうという夢を育みました」


─日本特有の繊細な攻撃作業が何なのか、もう少し具体的に話せますか。

「韓国選手はパワーとスピードが良いです。戦術理解度も世界最高レベルでしょう。日本選手はボールを扱う能力が良いです。パス力が素晴らしい。2019U-20ワールドカップ16強戦の日本との試合でも感じました」


─韓国がオ・セフンの決勝ゴールで8強進出に成功した試合ではないですか。

「日本の攻撃を注意深く見ると"あの状況でこんなパスを試みるだと?"というシーンが多かったです。この選手たちは練習をどういう方法でしているのか学びたかった。私はユース時代からポストプレーに強みがあるストライカーでした。高さとパワーが強みに挙げられていました。そこに足元の技術と繊細さが加われば、ヨーロッパでの失敗確率を減らせるのではないかと思ったのです」


─清水を除いて他のクラブからオファーはなかったのですか。

「明確に申し上げるのはちょっと難しいです。いくつかのクラブの移籍オファーはありました。その中で最も積極的なチームが清水でした。私が移籍を推進していて、重点的に見ていたことの一つが移籍金でした」


─移籍金は清水がオ・セフンを獲得して蔚山に支払った金額ではないのですか。

「蔚山が私をプロサッカー選手にしました。移籍金で少しでも恩返ししたかったのです。清水が私を望むチームの中で最も高い移籍金を提示しました。感謝しましたよ。清水の期待に応えられるようしっかりやります」


─清水移籍で冬季練習を正常に消化できませんでした。

「いつでもプレーできるように準備しました。運動を休みませんでした。2022年は新たな舞台に挑戦する一年です。太極マークをつけて出場したい大会も多いです」


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※長過ぎるので韓国代表関連の話は割愛……。


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