[記者の目] 韓日戦のせいで苦痛だが、それでも韓日戦は必要だ
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※一部要約

アン・ヨンジュン記者

0-3で終わった80回目の韓日戦は、韓国サッカーに大きな傷を残した。
忘れたい屈辱である。
だが屈辱の中でもしっかり取っておくべきことがある。
傷をより大きく感じさせて振り返らせる"韓日戦の力"だ。
韓日戦がこれからもっと頻繁に必要な理由である。

韓国は3月25日、日本横浜の日産スタジアムで行われた日本との親善試合に0-3で完敗した。
韓国としては心苦しい試合だった。
試合内容と結果のどちらも弁解の余地なく押された。

後爆風も激しかった。
選手の選抜と招集に対する疑問の提起から"イ・ガンインのワントップ"などの戦術的批判まで、ベント号と大韓サッカー協会に向けて非難が溢れた。
韓国サッカー全体がまだ喪中であるほどだ。

結果があまりに衝撃的だったことも考慮すべきだが、どうしても韓日戦という"ライバル戦"の特別な重量感が敗北の痛みと論争をさらに大きくした面も明らかにある。

どんな試合でも敗北が愉快なわけない。
だがもし韓日戦でなければ、非難の強度は今のように大きくはなかっただろう。
これは逆説的に、韓日戦の必要性を大きくしている。
非難の強度が大きいので、むしろもっとしなければならない。


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これまで両国のサッカー協会は、国際大会での対決ではない親善試合は意識的に避けてきた面がある。
両国とも敗北の打撃が大きいことを知らないわけではないからだ。

だが何と10年ぶりに行われた韓日親善試合とその後の流れを見ると、敗北の痛みを甘受してでも定期的な韓日親善試合が必要だという気がした。

韓日親善試合は文字通り親善試合でしかないので、結果が大会の豊凶に直結することはない。
だが韓日戦の特別さがあり、勝つ側も負ける側も普通の親善試合とは違う特別な収穫を得ることができる。

勝てば今の日本のように大きな自信と上昇の勢いを得る。
ライバルに勝つことくらい、チームの雰囲気に役立つことはないだろう。

逆に負けえば今の韓国のように多くの非難が溢れる。
だがそれによってより発展できる動力を手にすることができる。
心苦しいが、ファンやメディアの意見を吸い上げ、現代表の問題と惜しさを直視するのに、これよりも良い機会はない。
今回の韓日戦のように、国民すべてとメディアが関心を注いで見守ったから可能だった。

KFAは公式に謝り、今回の敗北をキッカケに「もっと積極的に支援し、喜びと希望を与える代表になる」と自分にムチを打った。

勝者の日本は様々な理由から、韓日戦がもっと頻繁に必要だと口を揃える。
日本代表出身の福西崇史は韓日戦の結果が出る前から「このような緊張感は韓日両国にとって良い」として、「韓日戦をもっと頻繁に推進してほしい」という意見を表明したことがある。

福西は「韓国と日本とも、この試合を前に(サッカーに関する)記事が溢れた。サッカー産業に役立つ。また、試合に臨む選手も、親善試合だが大きな圧迫感と負担感をしばしば経験できる」として、「韓国と日本のサッカーにとって何れにせよ好材料」と主張した。
結果は韓国の敗北だったが、韓国も熱かったのは同じだ。

実際、両国メディアは韓日戦に向けて特別な関心で歩調を揃えて、連日関連記事を出した。
韓国は日本の反応を、日本は韓国の反応まで綿密に調べるなど、ワールドカップに劣らない取材熱も続いた。

韓国のテレビ視聴率は8.9%を記録し、ポータルサイトは韓日戦の記事で埋め尽くされた。
依然として"キラーコンテンツ"であることを証明したわけだ。

日本メディア"フットボール"のカタムラ・ミツヒロ記者は、Eメールで伝えた「韓国と日本が親善定期戦をもっと頻繁にすることについてどう思うか」という質問に、「韓国と日本が頻繁に会えば会うほど、両チームにとって助けになるのは明らかな事実」と意見した。
する方も見守る方も、これほど集中するイベントは珍しい。

負けても構わない試合はないし、負ければ胸が痛む。
その対象が日本なら言うまでもない。
我々はすべての韓日戦を控えるたびに、"ジャンケンでも負けてはならない韓日戦"という笑えない笑い話をする。
そのような韓日戦でも、"代名詞"格のサッカー代表戦だったので、今の波紋は理解できる。



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