「イ・スンウのKリーグ移籍?年俸を諦めない限りはじめから難しいことだった」
エムスプラニュース



※一部要約

イ・スンウがポルトガル・プリメイラリーガのポルティモネンセSCに向かうものとみられる。

イ・スンウのエージェント関係者は「ポルティモネンセと交渉を進めたのは正しい」として、「早ければ2月2日の夜に公式発表があるだろう」と語った。
付け加えて「イ・スンウが最も望んだのは安定した試合出場だ。試合出場が可能なKリーグクラブも接触したのは事実。すべての可能性を開いて交渉を進めた」と伝えた。

ポルティモネンセは1914年に創立したチームで、アジア選手と縁が深い。
日本サッカー代表MF中島翔哉、DF安西幸輝、権田修一GK、マレーシアサッカー代表FWサファウィ・ラシドらがポルティモネンセに身を置いた。

特に中島は2019年2月3日にカタール・スターズリーグのアル・ドゥハイルSCに移籍し、クラブの最高移籍金記録を打ち立てた。
当時、中島はポルティモネンセに3500万ユーロ(韓貨約430億ウォン)をプレゼントして去った。

ポルティモネンセは2020-2021シーズンのプリメイラリーガで18クラブ中13位に留まっている。
リーグ16試合で4勝3分け9敗を記録している。
ポルティモネンセは16試合で13ゴールに留まっている決定力の問題を解決するため、イ・スンウのレンタルを推進したとみられる。


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イ・スンウはポルティモネンセSCとの交渉前、Kリーグ移籍を推進した。

ところがイ・スンウのKリーグ移籍には一つの障害物があった。
韓国プロサッカー連盟の定款・規定第2章第15条の自由選抜・優先指名を見ると、2015年4月14日以降に海外進出した選手は5年以内の国内復帰時に新人選手とみなしている。
契約金は受けられず、年俸は最大3600万ウォンまでの契約が可能である。
レンタル移籍は不可能だ。

イ・スンウは2011年にスペイン・プリメーラリーガのバルセロナユースと契約を結んだ。
2016年3月14日にはバルセロナBチームの試合にも出場した。
成人チームのデビュー戦だった。

バルセロナBチームはプロである。
だがプロ契約を結んだ選手だけがプレーできるわけじゃない。
ユースチームで頭角を現せばBチームの試合に出場できる。

イ・スンウが2015-2016シーズンにバルセロナと成人チームの契約を結んでいれば、Kリーグクラブとの年俸交渉には問題がない。
2015年4月14日以降に海外進出した選手のうち、5年が契約した人物は自由に契約を結べるからだ。

イ・スンウ側の関係者はこれについて「バルセロナと結んだ契約書を解釈するのには異論があり得る」とだけ答えた。

韓国プロサッカー連盟の関係者は「バルセロナと結んだ成人チームの契約書さえあれば何の問題もない」として、「契約書が曖昧ならバルセロナ成人チームに登録された日を証明すれば良い」と語った。
この関係者は付け加えて、上記のような規定を置いた理由を説明した。

「Kリーグの22クラブはユースチームを運営している。無料ではない。クラブは毎年、韓国サッカーの未来を担うユース選手に投資する。Kリーグが構築したユースシステムで成長した選手が無分別に国外へ出るのを防ぐためにある制度だ。韓国選手が世界的なリーグでポジションを取るのは非常に良いことである。だが国外進出は成功を保証しない。今後もクラブ、選手の両方のために国外進出は慎重に選択して欲しい」

イ・スンウは2017年8月30日、イタリア・セリエAのエラス・ヴェローナFCに移籍して本格的なプロ生活を始めた。
イ・スンウのイタリア時代の記録は40試合出場2ゴール3アシスト。

2019年夏の移籍市場でベルギー・ジュピラーリーグのシントトロイデンに移籍して反騰を試みたが、これもまた容易ではなかった。

イ・スンウはヨーロッパ内でのレンタル移籍を選んだ。
ポルティモネンセと2020-2021シーズン後半期のレンタル後、完全移籍を交渉するという。

イ・スンウ獲得に関心を示したあるKリーグクラブの関係者は「選手側と対話をしたのは事実だが、積極的な交渉に乗り出したわけではなかった」として、「ヨーロッパの移籍市場が閉じるときまで待たなければならなかった」と語った。
付け加えて「本格的な交渉に入ってこそ確認できる部分があった。Kリーグ移籍は当初から順位が低かったようだ」とした。



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