[インタビュー] "Jリーグ進出"チュ・セジョン「カタールワールドカップでプレーするためにもっと成長する」
スポータルコリア



※一部要約

ガンバ大阪は5日、公式チャンネルとHPで「チュ・セジョンがFCソウルを去ってガンバ大阪に移籍を決めた」とチュ・セジョン獲得を発表した。
2020シーズンを最後にソウルとの契約が満了した彼は、自由契約(FA)身分でガンバ大阪のユニフォームを着ることになった。

チュ・セジョンのガンバ大阪行きがついに決まった。
ガンバ大阪の立場では1年待った獲得だった。
すでに様々なメディアを通じて伝えられたように、ガンバ大阪は1年前からチュ・セジョンを望んでいた。
Jリーグチームは移籍金の支払いにケチなことで有名だが、ガンバ大阪は契約期間が1年しか残っていない彼のために、移籍金も辞さないという意を伝えた。
だが当時はソウルの要請と新型コロナウイルス感染症のパンデミックなど、複合的な問題で移籍が成立しなかった。

ガンバ大阪は1年という時間でチュ・セジョンへの気持ちを諦めなかった。
シーズン序盤、AFCチャンピオンズリーグのホーム試合にも直接チュ・セジョンに会いに来た。
日本代表出身のベテラン遠藤保仁の空白を埋める適任者にチュ・セジョンを選び、それ以外の他の選手には目も向けなかった。

チュ・セジョンもガンバ大阪の一途な思いに感動した。
中東と中国の複数クラブのたゆまぬ誘惑があったにもかかわらず、ガンバ大阪を選んだ理由である。
5日、"スポータルコリア"との電話インタビューを行ったチュ・セジョンは「ガンバ大阪から1年という時間でずっと関心を示してきたし、一緒にやってほしいという話をしてくれてありがたかった。こうして長く待ってくれただけに、期待に応えられるよう上手くやらなければならない」と移籍の所感を明かした。




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チュ・セジョンにとっては去年のソウル残留は博打だった。
今振り返れば無条件に移籍を選ぶべき状況だった。
クラブにとっても移籍金を稼げるチャンスだった。
だが自分を必要とするというチェ・ヨンス監督の一言で気持ちを畳んだ。
チームが混乱している中で、自分のことだけを考えることはできなかった。
それだけソウルと同僚、ファンへの気持ちが深くにあった。

チュ・セジョンは「年齢を見ても実際に1年前が移籍できる最高の適期だった。チームの事情もあったし、コロナ19という予期せぬ状況が発生したので、さらに1年残ることに決めた。もし去年行っていれば1年という時間をさらに稼げていた。惜しいけど当時はソウルで1年間頑張るのも悪くない選択だと感じた」と率直な気持ちを打ち明けた。

チュ・セジョンにとって日本の舞台はいつか踏まなければならないところだった。
彼は「実は日本は若い頃からプレーしたかったところだ。日本は中盤に良い選手が多い。基本テクを重視し、精巧なパスなどを追求するサッカーだ。私のスタイルを考慮すると、日本に行って競争すればもっと良い選手になれるという気がした。それらの選手と競争したかった」と語った。

ガンバ大阪が公式オファーをしたのは1年前だが、チュ・セジョンを追っていたのはその前からだ。
代表とリーグ戦を問わずチュ・セジョンを訪れた。
宮本恒靖監督もチュ・セジョンを望んでいるという意をあらわした。
だが中東と中国が魅力的なオファーをした部分は、第三者が見れば惜しくなるほかない。
チュ・セジョンは「海外に行くというと、多くの方は年齢があるから稼ぐために行くのかという話をされたりする。本当に稼ぎたければ中東や中国を選んでいた。私は金銭的な部分より自分をさらに発展させることのほうが重要だと思った」と自分の信念を強調した。



代表への熱望も日本行きを選ぶ決定的な理由になった。
地理的に近いためいつでも招集に応じられるからだ。
2015年に初めて太極マークを胸につけた彼は、2018ロシアワールドカップで全国民に名前を知らせた。
ドイツ戦でソン・フンミンに繋げた宅配クロスはワールドカップの歴史でも指折りの名シーンだ。
パウロ・ベント監督就任後も着実に招集されている彼は、2022カタールワールドカップでさらに良い姿を見せるという気持ちに満ちている。

チュ・セジョンは「選手なら代表にずっと抜擢されたい夢がある。もちろん代表でもまだ競争しなければならない立場だ。競争を勝ち抜いてからワールドカップにもう一度行くのが夢だ。日本の優れたMFの中で刺激を受けたかったし、細密さを整えたかった。現在のベント監督もビルドアップサッカーとパスプレーを強調されている。日本サッカーを経験すれば、もっと精巧になって正確になると思う。たくさんのことを得られる機会にしたい」とカタールワールドカップ出場への熱望をあらわした。

チュ・セジョンは去年11月7日、アナウンサー出身の妻(チャン・チェリン)と結婚式を挙げた
結婚式の翌日にAマッチのヨーロッパ評価試合に発った薄情な夫である。
11月末に帰国して2週間の自宅隔離に入ったため、新婚生活をまだ1ヶ月もできていない。
ところが今回のガンバ大阪移籍でしばらく妻と生き別れることになった。
コロナ19の危険で、選手本人だけが日本に行くしかない状況だからだ。



だがチュ・セジョンのガンバ大阪移籍を積極的に薦めたのはむしろ妻だった。
チュ・セジョンは「若い頃から日本に行きたかった事実を妻も知っていた。私の気持ちは堅かったが家族、特にワイフのことを考えたら利己的だという思いになった。もう家族のことを考えなければならなかった。中国と中東からオファーが来たときもワイフに聞いた。ところが肝心のワイフが"今はお金よりもやりたいことをするのが重要"と言った。その言葉が私の選択に大きな力となった」と自分を理解してくれた妻への感謝を伝えた。

チュ・セジョンは7日に出国してガンバ大阪に合流する予定だ。
長く夢見てきたところなので、心構えは特別にならざるを得ない。
彼は「今シーズンは(キム・)ヨングォン兄がずっと主戦で活躍していたし、(ファン・)ウィジョも上手くやってからヨーロッパに行った。以前は(オ・)ジェソク兄も上手くやっていた。名門チームだが韓国選手がこれまで上手くやってきたので、適応するのは他チームより易しいという話をたくさん聞いた。もちろん私が行って多くの努力をしなければならない。ガンバ大阪はパス中心のサッカーをしながら守備的に堅固に持っていくチームなので、どうやってすれば上手くやれるかをずっと頭の中で考えている」と韓国選手の名声を続けるために最善を尽くすことを誓った。

去る日があまり残っていないチュ・セジョンは、インタビューで必ず伝えたい言葉があった。
ソウルファンへの最後の挨拶だった。
コロナ19のパンデミックでファンと会う機会も少なく、シーズン終盤の良くない雰囲気でしっかりとした挨拶ができなかったからだ。
彼は「去年から移籍に関する話が出てきて、多くの方が準備しておられたようだ。今年が終わればFA身分という点もあった。去年の1年間で良い姿を見せたかったが私も至らず、環境的に容易ではなかったので良い姿をお見せできずに申し訳なかった。今は日本に行ってチームにしっかり適応して試合でも上手くやった後、代表戦をするため韓国に来たとき少しでも違う姿、発展した姿をお見せしたい。FCソウルのファンにとって去年は簡単ではない1年だった。今年は(パク・)チュヨン兄、(キ・)ソンヨン兄ら良い選手が健在なので、信頼して良いシーズンを送れるようにずっと応援する」という言葉を残した。



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