"強制(?)全試合出場"オールラウンド切り盛り上手、キム・ミヌ [インタビュー]
スポーツ朝鮮



※一部要約

10日にカタール・ドーハで行われたヴィッセル神戸との2020年アジアチャンピオンズリーグ8強戦で、水原三星の"マルチマン"キム・ミヌは"全試合出場"の記録を打ち立てた。

2020シーズンを控え、長い交渉の末に水原と事実上の終身契約を結んだキム・ミヌは、チームが無情に揺れる中でKリーグ1・27試合、FAカップ2試合、チャンピオンズリーグ7試合などのチームが行ったすべての試合で抜けることなく登場した。

36試合の中で交代出場は1試合(FAカップの済州戦)に留まり、30試合でフルタイム出場した。
昨シーズンのKリーグで2578分出場したキム・ミヌより多くの時間をプレーした選手は3人だけだったが、その3人はすべてGKだった。

2010年にサガン鳥栖でプロデビューして2017年に水原に入団したキム・ミヌは、今年はじめに鳥栖復帰と水原残留で悩んだ末に、水原と事実上の終身契約を結んだ。


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キム・ミヌを"看板"と考えるクラブは、"エース"の象徴である背番号10を託した。
だがキム・ミヌは"エース"の顔だけをするのではなかった。
むしろ良くない仕事を引きける"切り盛り上手"に近かった。

チャンピオンズリーグの日程を終えて国内で自宅隔離中に本紙と電話インタビューをしたキム・ミヌは「1シーズンを振り返れば難しい時期があった。何度か体力的に大変だった」として、「それでもプレーできるということに感謝した。彼女がしっかり世話をしてくれたおかげで乗り越えられた」と語った。
自宅隔離は25日に終わった。

今年の水原は"多事多難"の"終局王"だった。
7月にイ・イムセン前監督が辞任し、チュ・スンジン監督代行が就任した。
一時はダイレクト降格圏の真上の席の11位にまで墜落した。

「本当にたくさんのことがあった」というキム・ミヌは、「コロナ19が勃発して夏が過ぎる頃にシーズンが始まったし、監督も数回代わった。チームは降格の危機に直面した。今年はプロ11年目だが、こういう感じで大変だったことがあっただろうか。ストレスをかなり受けた」と振り返った。



キム・ミヌは固定ポジションもなく最前方から最後方まで飛び回った。
良く言えば"マルチプレーヤー"であり、試合のたびに違うポジションを消化するのは決して容易なことではない。

キム・ミヌは「事実、難しいことではある。チームが上手くいっている状態でポジションが変わっているのではなかった」と苦衷を打ち明けた。

9月に"レジェンド出身"パク・ゴナ監督が選任されて以降、キム・ミヌはもう一度ポジションが変わった。
だがこれまでのポジション変更とは感じが違った。
パッと生き返った雰囲気の中でキム・ミヌは攻撃的才能を存分に誇った。

彼は「パク・ゴナ監督が就任してから重心が取れた。練習場から集中することになった。水原というチームをよく知っておられたので、我々がどの方向に進まなければならないのかについてもおっしゃってくださった」と述べた。

水原はリーグ最後の6試合で4勝(1分け1敗)を手にする驚くべき底力により、8位でシーズンを締め括った。
チャンピオンズリーグの舞台では堅い組織力を基に、予想を裏切り8強に進出した。
キム・ミヌは16強の横浜マリノス戦でチームの2ゴール目を炸裂させ、3対2の逆転勝ちを助けた。

キム・ミヌは「いつも良い姿を見せようとしているが、思い通りに行かずに大変だった。12月に少しでも変わった姿をお見せすることができて幸いだったと思う」と語った。



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