チェ・ガンヒ「イ・ジェソン、ワールドカップ後に価値が落ちた、もっと大きなチームに行くことを願ったが…」
国民日報

※一部要約
全北現代の看板であり、KリーグMVPのイ・ジェソンがドイツ2部リーグ入りを目前にしている。
これについてチェ・ガンヒ全北監督は「もっと大きなチームに行くことを願ったが、ワールドカップ後にむしろ価値が落ちたようだ」と残念がった。
チェ監督はナショナルリーグの釜山交通公社とのFAカップ4ラウンドの前に取材陣と会い、「実はワールドカップ前にプレミアリーグの3クラブから連絡が来た」として、このように明かした。
彼は「そのときはAマッチの出場数が足かせになって移籍が失敗に終わった」として、「ワールドカップでは披露も蓄積した格好だったのか、本来の姿の半分も見せられなかった」と語った。
ドイツのホルシュタイン・キール移籍については「当該のチームの社長と監督がジェソンを望んだ。ジェソンもやはりオファーを受けて一週間ほど悩んだ。挑戦したい意志が強かった。なので本人の意志を最大限に尊重することにした」と明かした。
それとともに「ジェソンはあまりにも誠実で、サッカーしか知らない。年齢も高くない。軍の問題も心配ない。2部なので憂慮される点もあるが、着実に上手くやれば昇格の夢を叶えられる」として応援のメッセージを伝えた。
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"新たな挑戦"イ・ジェソン、乾+大迫がロールモデルだ
スポーツソウル

※一部要約
最近では韓国選手もドイツをノックしているが、ドイツに進出するアジアからの選手でとりわけ多いのは隣の日本だ。
今はやや減少傾向を見せているが、一時は1~2部に20人余りに近い日本選手がともにプレーし、夢を育んでいるほどだった。
その中には下部リーグで悪戦苦闘して自分の能力を証明、1部に上がってから大活躍した選手もいる。
2018ロシアワールドカップで2ゴールを放ち、日本の16強奮戦の一等功臣になった乾貴士が好例である。
2018~2019シーズンからスペイン・ラ・リーガのレアル・ベティスでプレーすることになる彼は、2009年1月に日本代表に選ばれて常勝疾走している状況だったのに、2011年夏にドイツ2部リーグのボーフムをヨーロッパ挑戦の最初の前進基地とした。
能力を認められ、翌シーズンに1部リーグのアイントラハト・フランクフルトに移籍した。
フランクフルトで3年間75試合7ゴールを決めた乾は2015年、ラ・リーガのエイバルを通じて技術サッカーの本場スペインの舞台を踏み、今夏にはもう少し有名なクラブであるベティスと契約した。
ロシアワールドカップではセネガルとのグループリーグで1-1の同点ゴール、ベルギーとの16強戦では2-0のリードによって、多くの拍手を受けた。
イ・ジェソンと乾の共通点は、ポジションがそっくり似ているという点である。
乾もやはり攻撃型MFとサイドのウィングを同時にできるマルチMFだ。
イ・ジェソンもやはり2~3列目の中央とサイドを分け隔てなく自由自在に行き来できる。
イ・ジェソンはホルシュタイン・キールで主戦が確実視されていて、体格面で180センチと169センチに過ぎなかった乾より優れているので、1年間忠実にプレーすれば成功街道を拓くことができる。
1~2列目のFW大迫勇也も参考に値する。
2013年7月の韓国での東アジアカップでAマッチデビューした彼は、その年の11月にオランダとの評価試合で得点してすくすく成長した。
ところが2014年始めにドイツ2部リーグの1860ミュンヘンに入団、ヨーロッパ生活を始めた。
6ヶ月間で15試合プレーし、6ゴールを炸裂させて2部リーグで自分の能力を証明し、チームは昇格に失敗したが別の昇格チームであるケルンが大迫を連れて行った。
昨シーズンにケルンは2部に降格したが、大迫は1部のベルダー・ブレーメンに新しい巣を作って挑戦を続けている。
大迫はロシアワールドカップのコロンビア戦で決勝砲を放って勝利をもたらした。
2人と比べたとき、イ・ジェソンは技量がもう少し熟した26歳で進出するのが異なる点だ。
イ・ジェソンはACLでアジア最高級MFであることを証明した。
"未完の大器"だった乾、大迫よりは技術・体力的に完熟したときにヨーロッパへ行く。
もちろん1~2年以内に結果を出さなければならないというのが、イ・ジェソンの焦りを呼ぶこともあり得るが、彼が2014年に全北に入団したときに誰も注目していなかったという点を思い出せば、ホルシュタインでの大活躍を基に大成する可能性は十分である。
独2部リーグに行くイ・ジェソン…"ビッグクラブ移籍説"柴崎の開始も2部だった

※一部要約
最近の韓国サッカーを代表する選手に浮上したイ・ジェソンが、名前のあまり知られていない規模の小さなクラブに移籍するのは、国内ファンにとっては残念なことでもある。
だが最近ACミラン、ドルトムント、FCポルトなどのビッグクラブ移籍説が出ている柴崎を見ると、イ・ジェソンの選択を理解することができる。
2012年のJリーグMVP出身の柴崎は、2016年に鹿島アントラーズの主戦として活躍してチームのJリーグ優勝に大きく貢献した。
続けてFIFAクラブワールドカップでブロンズボールを受賞したりもした。
そうしてJリーグで名声を高めた柴崎は、2017年1月にスペイン2部リーグのテネリフェに移籍した。
テネリフェは2009-10シーズンにプリメーラリーガから降格した後、2・3部リーグを転々としていたチームだった。
6ヶ月の契約を結んだ柴崎は、移籍序盤に心理的な難しさがあったが、それを克服して堂々と主戦の席を奪ってチームを昇格プレーオフまで導いた。

テネリフェはヘタフェにプレーオフで敗れて昇格に失敗したが、柴崎はヘタフェに移籍、プリメーラリーガの舞台を踏んだ。
6ヶ月間スペイン生活をした柴崎はヘタフェに素早く適応したし、2017-18シーズンにリーグ22試合に出場した。
柴崎はロシアワールドカップで日本の主戦MFとして活躍、16強進出に大きな力を加えた。
大会後にビッグクラブが彼に関心を見せていることがわかった。
そのような柴崎のヨーロッパ成功記は、イ・ジェソンが参考にする必要がある。
大きな舞台ではなくても、直接ヨーロッパで選手とぶつかって技量を向上させれば、より高い舞台に躍進する時期を早めることができるからだ。