[エムスプラ調査報道] "20年奴隷契約"イ・スンヨル、「私も知らないうちに強制移籍させられた」
エムスプラニュース




※一部要約

"ピーターパン"イ・スンヨルが再びファンの前に立った。
今回はサッカーユニフォームではなく、スッキリとしたスーツ姿である。
イ・スンヨルは去年を最後に"サッカー界"というネバーランドを去った。
どうしてピーターパンはネバーランドを去ったのだろう。
いや、なぜ去らなければならなかったのだろう。
エムスプラニュース探査取材チームと会ったイ・スンヨルは「20年の奴隷契約がグラウンドから去らせた理由」と重く語り始めた。
イ・スンヨルは「これ以上私のような被害者が出てこないで欲しい」として、隠してきた"衝撃的な奴隷契約の秘密"を打ち明けた。

2010年6月。
韓国は世間のすべてのヒーターが壊れたような熱いサッカー熱気でいっぱいだった。

南アフリカワールドカップに出場した韓国サッカー代表が、16強に進出したのが理由だった。
16強戦でウルグアイに1対2で敗れて8強進出が挫折したが、当時の韓国サッカーは今と比べられないほど国民的な愛と声援を受けていた。

イ・スンヨルの初めてのワールドカップ挑戦は悪くなかった。
彼に与えられた時間はわずか"3分"、それも後半終了直前に出場したギリシャ戦の交代出場だった。
だがイ・スンヨルにとっては"歓喜"そのものだった。
"ワールドカップの舞台を踏みたい"という一生の夢が叶えられた瞬間だったからである。

だが歓喜もつかの間。
イ・スンヨルは南アフリカワールドカップから下り坂を歩んだ。
頻繁な移籍やレンタル、放出を経験して難しい時間を過ごした。
高校1年のときに会ったあるエージェントとの間違った出会いが、後々までイ・スンヨルを苦しめた結果だった。
それから結局。
"韓国サッカーの未来"と言われたイ・スンヨルは、樹液がなくなった木のように徐々に終わっていった。


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イ・スンヨルはもうグラウンドに立ってない。
満28歳の若い年齢だが、彼は去年を最後にサッカーとの別れを宣言した。
Kリーグ通算4回の優勝とワールドカップ出場の栄誉を享受したイ・スンヨル。
彼はどうしてこのような早い年齢でサッカーシューズを脱いだのか。


─サッカーユニフォームと同じくらいスーツが似合いますね。

幸いです(笑)


─水原FCからは完全に出たのですか。

(頷いて)はい。去年6月に私が水原FCに「辞める」と伝え、クラブが任意脱退の手続きを進めてそうなりました。


─しばらく連絡が途切れてました。「イ・スンヨルが引退した」という声もそれで出てきたのですが。

(淡々とした声で)私はもう"サッカー選手"ではありません。サッカーは去年6月以降、完全に辞めている状態です。代わりにグラウンド外で熱心に走ってます。


─多くのサッカーファンが同じ疑問を抱いているのではと思います。"なぜイ・スンヨルは南アフリカワールドカップから沈滞を繰り返したのか"や"どうして去年6月以降にグラウンドから消えたのだろう"ということです。

これまでサッカーをしてきて多くのことを経験しました。その中で最も大きかったのはエージェントとの問題でした。まだエージェントとの訴訟が進行中です。


─訴訟ですか?

1人で堪えて、おとなしくしていれば済むことだと考えました。しかし今でもグラウンドで走っている同僚や後輩選手を思い出し、私が勇気を出して出るべきだという気がしました。二度と私のような被害者が出てこないようにと願っています。


─訴訟に関してもう少し具体的な話を聞きたいのですが。一体どんなことがあったのですか。

エージェントとの"不当契約"が問題でした。


─不当契約ですか?

2008年にFCソウルに入団しました。そして2009年にエージェントと契約を結びました。大韓サッカー協会の規定を見ると、エージェントとは2年毎に再契約を結ぶことになってますね。しかし当時の契約書には、正式契約の他に一枚の契約書がさらにありました。


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─どんな契約書だったのですか。

エージェント契約書に他に"マネジメント契約書"というのが他にありました。その契約書に書かれた契約期間が、何と"20年"でした。


─えぇ?20年ですか?

若い年齢で何も知らなかった私は、そこへ迂闊にサインをしてしまったのです。実際、選手はエージェントを信じる方です。特に疑いもしません。私もそうでした。しかしエージェントはその点を悪用し、完全に間違った携帯の不合理な契約を結んだりします。私がそうでした。(長い溜息をついて)その余波が選手生活でずっと続きました。


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─"20年契約"なら、サッカー選手としての寿命を考慮すればほとんど終身契約水準です。20年契約を2009年に結んだのですか。

実際に契約書を書いたのはそのときです。口頭契約を結んだのはかなり前でした。キム○○エージェントを初めて知ったのが、シンガル高校1年のときだったので。


─ずっと前ですね。

当時、私の周りの選手とキム○○エージェントがすごく親しい仲でした。そうするうちに私とも自然とつながりました。多くはなかったですが、サッカー用品を少し支援されたりもしました。私や両親がエージェントに対する理解度が上がったときです。サッカー選手の夢を続けるには、当然エージェントの助けが必要だというくらいに考えたときでした。


─キム○○エージェント、第一印象はどうでしたか。

ひたすら"良い人"でした。自分を助けてくれるのに誰が嫌うでしょうか。その当時はキム○○エージェントの所属選手の中には、かなり有名な選手が多かったです。代表の先輩もいましたし。


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─2年と20年のエージェント契約にはものすごい差があります。20年の余裕があるので、エージェントが選手に疎かに向き合う余地があり、各種の不合理契約を続ける可能性もかなり高いからです。

そんなことは茶飯事です。一部のエージェントは長期契約で縛った選手に、誠意を尽くして向き合ってくれません。ある瞬間に突然現れ、契約だけして消えたりします。私の場合は、移籍の締切日が迫っていたのですが、エージェントから文字メッセージで移籍クラブを通告されたこともあります。


─信じられませんね。

私が全北現代モータースに移籍したときでした。当時、移籍の事実を電話で通告されました。城南一和天馬に行ったときもそうでしたし。家で休んでいるときに突然エージェントが電話をかけてきて「君、何々日に、どこどこへ行かなければならない」と一方的に通知して切りました。そんなことが本当に多いと思ってくれて構いません。契約条件がどうとか、オプションはどうなのかはまったく言いませんでした。


─契約条件、オプションのようなものをクラブとしっかり交渉しろとして、エージェント(仲介人)制度ができたのだと思いますが。

そうです。しかしそれはあくまでも映画"ジェリー・マグワイア(※ザ・エージェントのこと)"でも出てきそうなことです。一部のエージェントは選手の側ではなく所属企業やマネージメント社、あるいはクラブの利益だけを考えます。選手の立場までは代弁しません。むしろエージェントなしで、契約期間だけ弁護士を選任して交渉したほうが良いと思います。


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─キム○○エージェントは"FIFA公認エージェント"資格証明のある人でしたか。

今はないとわかってます。最近では大韓サッカー協会の仲介人法が改正され、FIFAのエージェント資格証が必要なくなりました。キム○○エージェントが代表の会社は現在、私以外の選手とも訴訟を進行中であることを知っています。この前まで現役選手と手数料の支給問題で揉めていたと聞きました。今は若い人だけを管理しているがわかってます。


─"20年契約"の間に他の問題はなかったのですか。

最も苦しかったのはエージェントがクラブとの契約条件を、私に詳細に言わなかったということです。毎回私が気づかないうちに、エージェントがクラブと交渉を終わらせてから、私に一方的に通知する形でした。そうすると交渉過程でどのような言葉が行き来したのか、選手はまったくわかりません。率直に身代金は問題じゃありませんでした。サッカー選手にとって最も重要なのは試合出場です。しかしこれらの人たちは、自分の利益だけを考えて、選手の立場は常に後回しでした。


─エージェントに異議を提起したことはないのですか。

なぜ異議を提起しないのですか。かなりしました。しかし変わったことは何もありませんでした。私に特定のクラブだけを提示して「ここが一番良い」と言うだけでした。それすら、いつも契約の締切日が迫ってから言いました。私が何かを選択する状況ではありませんでした。私が断ったら問題が複雑になるので。(溜息をついてから)エージェントはいつもその点に付け入ってきます。


─本人の意志とは関係なく行ったチームもあるでしょう。

蔚山がそうでしたし、全北がそうでした。最も難しかったのは、そのチームが私を望んでないのに、エージェントが無理に移籍を押し切ったときです。そうやって移籍すれば当然試合でプレーできません。ベンチだけに留まっていなければなりません。私は(※2部の)Kリーグチャレンジに行ってでも、プレーできるチームを望みました。


─取材中に会ったエージェントがこういう話を聞かせてくれました。「不合理な移籍の背後にはクラブとエージェントの間に黒い取り引きがある」と。

クラブごとにエージェントにそっと渡す"フィー(紹介料)"というのがあります。しかしそれでは足りないので、選手の年俸を減らして、別のフィーを受けようと努力したりします。一部のエージェントは今でもそうしてるでしょう。


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─実際に取材してみて"選手の身代金を減らすこと"に様々な便法が動員されているという事実を知りました。例えばA選手の市場評価額が"1億ウォン"となれば、A選手のエージェントが移籍するクラブに5000万ウォンだけを提示し、残りの金額の半分に当たる2500万ウォンを自分(エージェント)が取ったりするのです。

事実です。私の同僚選手がKリーグクラシックで高年俸を受けていました。そんな中である日突然、その選手がKリーグチャレンジにチームを移すことになりました。チャレンジに移ったこともそうですが、年俸まで削られました。当時、その選手のエージェントが言ったのが「君はここじゃないと行くところがない」でした。やむを得ず移籍を受け入れなければならなかったんです。常識的に話にならないことでしょう。後でわかってみると、クラブとエージェントが互いにやり取りをしたことがありました。


─今言った選手もそうだし、スンヨルさんが選手だったときもそうだし、移籍を決めるときにエージェントが選手の意志を聞かないとういのが常識的に理解できません。

選手の意見はほとんど反映されないと見なければなりません。ほとんどのクラブも、エージェントにすぐ連絡を取ります。エージェントがいるのにあえて選手に直接連絡するというのが、我が国の情緒的に敬遠させる部分なのではないかと思います。


─いわゆる"S級選手(国家代表)"たちのエージェントとの関係はどうですか。

S級選手はエージェントをマネージャーの概念で雇用します。選手の管理や契約、様々な業務を引き受けます。非常識的なことに遭う場合はほとんどないですが、多額の費用がかかるというのが短所です。


─代表アタッカーのイ・スンヨルにこうしたことが起きたとすれば、より低いレベルの選手は事情がさらに良くないでしょうね。

(唇を噛んで)思ったより多くの選手がこうしたことを経験しています。私も選手時代は言いたいことがすごく多かったが、じっと我慢して堪えました。返ってくる"後爆風"が怖かったからです。もし言ったせいで押し出されて試合に出られなければ、私だけが損だからです。他の選手も同じでしょう。私たちは沈黙するしかない弱者です。


キム○○エージェントの立場

エムスプラニュースはイ・スンヨルの元エージェントのキム○○氏に"20年契約"について尋ねた。
キム氏は20年契約については認めたが、「問題になることはない契約」と主張した。

キム氏は「それが何の問題なのか。私たちはその選手が持っている実力に比べて、より多くの年俸を受けられるようにした」と声を高めた。

それと同時に「契約はエージェント1人でするものではない。本人の意志とご両親の立会の下で進められる。"20年"という期間も選手側の主張である。実際、契約期間は意味がないと思う。私たちはイ・スンヨルが出て行くとき、何の条件もなしに快く送った」と説明した。

当時、キム氏と一緒に仕事をした別のエージェントのキム○○氏は「20年契約が問題になり得るということは認める。だが選手を餌に特定のクラブから金を受け取ったり、別個でインセンティブを取ったりすることはまったくない」と明かした。



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