[インタビュー] "全州城を去ってアル・ナスル"キム・ジンス、「ACL決勝で全北と会うことを願う」
スポーツ東亜



※一部要約

サッカー代表の主戦左SBキム・ジンスが、サウジアラビアの名門アル・ナスルで新たな挑戦に出る。
Kリーグ1の前所属チーム全北現代との契約期間が12月までで、残り4ヶ月しか残っていない状況だったが、アル・ナスルは少なくない移籍金(80万ユーロ・約11億ウォン・推定)を投じて検証されたSBを確保した。

アル・ナスルはキム・ジンスにとって3番目の海外所属チームである。
2012年にアルビレックス新潟(日本)のユニフォームを着てプロデビューした彼は、2014年夏から2016年12月までホッフェンハイム(ドイツ)に身を置き、2017年から今年8月まで全北の一員としてチームのKリーグ1・3連覇の先頭に立った。
Kリーグ通算記録は78試合7ゴール11アシストだ。
今シーズンも15試合で2アシストを上げた。

9月はじめにアル・ナスルへ発つキム・ジンスは、31日に電話通話で「全北城で緑色のユニフォームを着てプレーした3年8ヶ月は、生涯誇らしい記憶として残る」として、「12月に全北とアル・ナスルがAFCチャンピオンズリーグ決勝戦で激突するのを心待ちにしている」と明かした。


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─サウジアラビア移籍は意外だ。

「時機の問題だった。もう一度海外でぶつかりたいという思いがずっとあった。全北との(契約延長)交渉中に、ちょうど海外の色んなチームが関心を持っているという話に触れた」


─本人の何が魅力ポイントだったのだろうか。

「熱心にプレーすること?あえて長所を挙げるなら、常に最善を尽くすパフォーマンスだ。グラウンドで献身して、少しでもチームの役に立とうとした。幸い、全北には最高の同僚がいた。結果が悪くなかったのは、いつでもどこでも終止符を打つ同僚がいたから」


─全北でほぼ4シーズンをプレーした。最も幸せだった記憶は?

「一つだけを挙げるのは難しい。一瞬一瞬が幸せだった。全州ワールドカップ競技場をいっぱいに満たしたファンの歓声は、他のところで経験するのが難しい。プレー、試合結果に関係なく、いつも愛されているという感じを受けた。惜しみなく愛をくれるファンと呼吸し、良い同僚と呼吸を合わせ、多くの優勝トロフィーを掲げたので私は本当に幸せな選手だ」


─当然辛い記憶もあるはずだが。

「負傷だった。2018年である。結局、個人的に目標としていたロシアワールドカップ出場が不発になったし、全北にもあまり助けになれなかった。それにもかかわらず胸に一つ星をつけた。そのとき悟った。"逆境があって困難があっても、私たちは強い"ということ。全北はできる」


─アル・ナスルで何を得たいか?

「多くの人が"結局金を取った"と言うかもしれない。認める。ただし、それだけじゃない。どこであれ、新しいところに向かうこと自体が挑戦だ。サッカーだけでなく文化や生活、すべてのことが白紙から出発する」


─全北とACLで会うこともあり得る。

「常に全北を応援している。今年は決勝になるかもしれない。その過程で、私もやはりアル・ナスルの一員として最善を尽くすだろう。もちろん勝利のためにプレーする。それでも全北のための祈りと応援も忘れない」


─KリーグへのUターンも約束できる?

「もちろん。必ずKリーグに戻る。そこは全北だ。クラブ、家族とも約束した。完全な別れじゃない。束の間の別れでしかない。どこであっても常に全北を応援して覚えているだろうし、Kリーグでの善戦も祈っている」


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