[ストーリーサッカー] チャ・ボングンと奥寺、イ・ガンインと久保
スポーツ東亜



※一部要約

チャ・ボングンが1970年代末にドイツ・ブンデスリーガに進出したとき、そこではすでに日本選手がプレーしていた。
1952年生まれでチャ・ボングンより1歳上の奥寺康彦だ。
彼はヨーロッパの舞台を踏んだ最初の日本選手である。
FCケルンに入団した新年(1977~1978シーズン)にブンデスリーガ優勝を経験し、アジア選手で初めてヨーロッパチャンピオンズリーグで得点して注目を浴びた。

チャ・ボングンがヨーロッパの舞台に挑戦状を出した理由の一つも奥寺だった。
チャ・ボングンにとってアジアの舞台の狭かった。
奥寺が成功したなら、チャ・ボングンでもできないことはなかった。
いやそれ以上の自信もあった。
彼は1978年12月末にダルムシュタットと契約してわずか1試合だけプレーして帰り、軍服務を終えてから再び渡って、1979~1980シーズンにフランクフルトと契約した。
チャブームと呼ばれて新年から存在感を示した。

韓国と日本を代表するスタープレーヤーが、並んでドイツの舞台に立ったということだけでも話題だった。
両国の特殊な関係のため、2人は絶えず比較された。
チャ・ボングンもそのような雰囲気をよくわかっていた。


スポンサーリンク
楽天





彼らは1979年11月24日、フランクフルトのヴァルトスタジアムで行われた試合で、運命かのように向かい合った。
悲喜が分かれるのが勝負の世界だ。
結果は2ゴールを決めたチャ・ボングンの圧勝だった。
チームも3-0で勝った。
ライバル戦はあっけなく終わった。
だが2人の関係は引き続き興味深いニュースのタネとして登場した。

チャ・ボングンは二人の関係について、こう語ったことがある。
「私たちはライバルというよりパートナーだった。私もそうだが、奥寺も日本サッカーの先駆者だ。私たちは勝負を離れて、ブンデスリーガでプレーするという自負心を持っていた。なので同僚愛を感じた」
このように、選手が感じる感情はファンとは少し違っていた。



最近、スペインの舞台で韓日の有望株が度々比較される。
イ・ガンインと久保建英だ。
2001年生まれの同年齢で同じ身長(173センチ)、2人とも左利きだ。
際のjも持って生まれた。
イ・ガンインはU-20ワールドカップのゴールデンボールを受賞して地位を高めた。
Aマッチにもデビューした。
2018年10月に1軍の舞台を踏み、バレンシアの最年少デビュー外国人選手、韓国の歴代最年少ヨーロッパ1軍舞台デビュー選手となった。
久保も10代のはじめから天才と言われた。
16歳のときに日本U-20代表に選ばれ、18歳でAマッチを消化した。
昨夏に名門レアル・マドリードに入団して話題になった。
その後、マジョルカにレンタルされた。

自然と2人は比較対象となった。
一方が上手くやれば、もう一方は萎縮しがちになる。
今シーズンだけを見れば、久保が多くの出場機会を掴んだ。
彼は着実に成長して主戦に飛躍した。
一方、イ・ガンインはベンチに座る時間のほうが長かった。
イ・ガンインの不振のたびに、甘草のように登場するのが久保のニュースだった。

2人は善意のライバルだ。
まだ若い彼らは、着実にプレーしてもっと多くの成長をしなければならない。
これからさらに期待される選手である。
お互いが比較されることについて、どういう考えを持っているのかはわからない。
一つの願いは、2人が肯定的な刺激を取り交わしながら、一緒に成長することだ。
チャ・ボングンの言葉のように、2人はライバルでありながらパートナーである。


【関連記事】
韓国メディア:バレンシアのイ・ガンイン劇場ゴールにファン歓呼「久保より卓越」…欧州注目の理由ある



Page Top

ブログパーツ アクセスランキング
    Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...