[キム・テソクのサッカー一杯] "帰化宣言"セシーニャに必要なこと、韓国人になろうという意志
ベストイレブン



※一部要約

Kリーグで大活躍を繰り広げる外国人選手が、帰化の意志を明かしたというニュースが出ると反応はかなり熱い。
顔つきのまったく異なる異邦人が、しかも優れた実力を備えている外国人が、韓国サッカー代表のユニフォームを着た姿は想像だけでも興味深い。

最近、大邸FCのエースであるセシーニャが、そのような意志を見せて話題である。
セシーニャは韓国メディアとのインタビューで、自分をはじめとする家族がどれだけ韓国を愛しているか、そして韓国代表選手になりたいという熱望を見せた。
Kリーグ最高の外国人といえるセシーニャのそうした意志の表出は、もし代表に抜擢されれば戦力に大きな影響を及ぼすため、サッカーファンの関心が熱くならざるを得ない。

セシーニャのように、優れた技量を持つ選手が代表に合流するなら、いつでも歓迎だ。
何より、現在の代表には"魔法使い"気質を持つ選手がかなり稀だという点で、尚更そうである。
ゴールゲッターとして存在感を持つソン・フンミンとは違い、セシーニャはポジションとプレースタイル的に、流れを変えられる選手であることは間違いない。
さらに、パウロ・ベント韓国サッカー代表監督と直接コミュニケーションが可能な選手という点を考慮すれば、またベント監督がセシーニャを重用するつもりがなるなら、その効果は非常に大きいだろう。
今のパフォーマンスであれば、国籍を離れて欲しい選手であることは間違いない。


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だがその前に一つ、必ず指摘しなければならない部分がある。
難しい帰化法の手続きを通過するのはさておき、ただサッカーだけでなく、韓国社会に溶け込んだという点を証明しなければならない点だ。
単に言語だけでなく、韓国人としての素養や、生活に必要なすべての要素を完全に体得しなければならないというのが前提とならなければならない。
もしかすると、これはセシーニャにとって、今までサッカーで挑戦してきたことより、さらに大変なことかもしれない。

実力さえ良ければいいのだ、何を言ってるのかと思うだろうが、実際に最近ブラジル選手をほぼ直輸入するかのように熱を上げている中国くらいを除けば、残りの国の帰化選手は事実上その国の人々と見ても差し支えないほどだ。

韓国サッカー界にとって帰化選手のイシューが本格的に触発されたのは、1990年代に日本代表と争ってきたからだが、当時のルイ・ラモスやワグナー・ロペス、アレックスのようなブラジル出身選手は、巧みに日本語を駆使して1人の日本人として行動した。

遠い過去の事例を見るまでもなく、この前までFCソウルと蔚山現代所属でプレーしたエスクデロにしても、スペイン語よりは日本語でコミュニケーションするよう望んだ選手だった。
日本に帰ってからも、ソーシャルメディアでファンとコミュニケーションする手段は日本語である。
特に最近では、幼い頃から日本に定着した外国出身の帰化人の比重がますます増えている様子だ。

ヨーロッパでも同じである。
アフリカや南米からやってきた移民がヨーロッパを拠り所にして、定着して産んだ子孫がサッカー選手に成長した。
そのような選手が現在、多様な肌の色を持つ代表を作っている。
単に実力だけでなく、彼らがコミュニティ内の一員として認められたため、可能な代表抜擢であると言える。

古臭い話であったとしても、代表は単なるスポーツチームではなく、ものすごい象徴性を抱えているチームだ。
フランス代表内の有色人種選手に強い反感を見せたジャン・マリー・ル・ペンのような過激な政治家が主張する、"白人代表"のような主張には決して同感できないが、肌の色がどうであれ、代表になろうという選手はその国の社会の完璧な構成員になるべきだという原則は、全世界のどの国にも明確に与えられる評価基準といえる。
要するに、帰化が代表抜擢という選手個人の栄達手段になってはならないということである。

セシーニャの帰化宣言のニュースを喜びつつも、老婆心が湧くのもそのためだ。
実際、セシーニャの前にもかなり多くのブラジル選手が、韓国帰化についての欲を出した。
10年ほど前のモタがそうだったし、ジョナタンやロペスもそうだった。
だが結果的に、言葉だけの帰化宣言に終わってしまった。
本当に帰化するつもりがあるなら、セシーニャには彼らとは違う姿が見えられることを期待する。
素晴らしいサッカーの実力と同じくらい、"韓国人"になろうするセシーニャの努力を、これから見守るよう希望する。





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