[単独インタビュー①] トルステン・フィンク、「ソン・フンミンZONEに入れば100%ゴールだ」
スポTVニュース




※一部要約

ソン・フンミンがハンブルクSVで本格的なヨーロッパのキャリアを始めたとき、ともにした監督はバイエルン・ミュンヘンのスターだったトルステン・フィンクである。
ソン・フンミンはフィンク監督が途中就任した2011-12シーズン、ハンブルクの特級ジョーカーとして活躍して5ゴール1アシストを記録し、フィンク監督の初めてのフルシーズンだった2012-13シーズンに主戦FWとして重用され、ブンデスリーガ33試合で12ゴール2アシストを固め打ちした。
この活躍を基に2013年夏、1000万ユーロで当時のバイエル04レバークーゼンの最高移籍金を記録してチームを移した。
フィンク監督はソン・フンミンが去ってから迎えた2013-14シーズン、成績不振で途中に更迭された。

スポTVニュースは、ヴィッセル神戸の監督になってAFCチャンピオンズリーグの試合をするため水原を訪れたフィンク監督と会った。
水原との試合を前日にした18日、スポTVニュースと向かい合ったフィンク監督は、ソン・フンミンをはじめとしてFCバーゼル監督時代のパク・チュホとの縁、過去のハンブルク監督時代に韓国で行われたピースカップの記憶などを鮮明に覚えていて、韓国との縁を嬉しいと語った。

「ソン・フンミンはあのとき、去らずに残ると言ったかと思ったら言ってしまった。今度は私にそうしないよう伝えてほしい」として笑ったフィンク監督に、アジアの舞台に挑戦した理由やヴィッセル神戸に就任してから初めて優勝カップを手にした秘訣、そしてソン・フンミンとともにした時期の話を聞いた。
ヴィッセル神戸の史上初の日王杯優勝と日本スーパーカップ優勝、AFCチャンピオンズリーグ進出を成し遂げ、監督キャリア2回目の全盛期を迎えたフィンク監督の言葉を加減なしに伝える。


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─ハンブルクでソン・フンミンとともにした時期以降、あなたのキャリアは韓国であまり知られていない。神戸の監督に就任する前はどう過ごしていたのか?

「そうだ。ハンブルクを去ってからはヨーロッパのトップリーグにいなかった。オーストリアのウィーンに3年いたし、ヨーロッパ対抗戦にも出た。良かった。良いチームを発展させるのは重要なことである。世界最高の監督になるのが私の夢だ。チャンピオンズリーグに出るチームを率いたい夢がある。成長できる良いチームを引き受けたい。ハンブルクではチャンピオンズリーグに出られなかったが、ソン・フンミンなどの良い選手とともにした」

「ソン・フンミンは非常に熱心に練習していた。彼は速く、得点でき、そのような熱望を持っている選手だった。それが最も重要だ。なので大きな発展をしたのだと思う」

「彼を見ると、過去に見たすべての練習で10分ずつ左サイドと右サイドからシュート練習をしていた。ソン・フンミンがボックスを見れば、彼は得点する。ボックス内でチャンスが来たとき、シュートすればゴールだ。100%。右サイドでも左サイドでも。なぜなら彼がたくさん練習したからである。彼は良い性格をしていたし、多くのことを成し遂げたいという熱望を持つ選手だ。彼は速かったが、彼が学んだのはフィジカル的により良くなったということである。イングランドはフィジカル的なサッカーをするが、フィジカルの良い選手を相手にする方法がわかったようだ。以前は怖がる姿が見えたが、今はそうじゃない。フィジカル的にかなり発展したみたいだ」


─ソン・フンミンはボールがないときの動きがかなり発展したという評価がある。

「彼は今、世界最高の選手、そして最高の監督とともにしている。当然学んでいる。戦術的にどうすべきか、どこへ行くべきか、どこにいなければならないのか、そういう経験が積もっている。経験を積めばせべての選手は良くなる。アーセン・ベンゲルが言うには、彼の本だと23~28歳が良い選手だ。学んだからである。ソン・フンミンも学んで良い選手になったのだ。もうフィジカル的に強くなったし、イングランドでプレーしているのは私も驚きだった。身体条件のためである。彼に必要なものだったが、それをやってのけた」


─だがすべての選手がそのような経験を積んだからといって、到達するわけではないのではないか?

「私もわからない。私が言ったのは彼が速く、得点でき、フィジカルが良くなり、戦術的にもかなり学んだということが、おそらく成功への渇望のためである。他のアジア選手もそのような熱望を持っているのかはわからない。すべての試合に勝ちたくて、毎回得点したいのが熱望だ。それは選手の性格にかかわることである。私も他のアジア選手がソン・フンミンのように成功するかはわからないが、ソン・フンミンはやってのけた。なぜ皆がペレにならないのかと言っているようなものだ(笑)。熱心にやること、それがまず重要だ」


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─ヨーロッパで指導者として働きながら、韓国選手とアジア選手をたくさん見てきたが、アジア選手の特性はヨーロッパ選手とどう違うのか?

「パク・チュホとバーゼルでともにした。パク・グァンリョンもあのときバーゼルにいた。ヨーロッパ選手とは違う。アジア選手は指示通りにする。だが創造的であることはない。ヨーロッパ選手のほうが創造的だ。彼らはしたいことを自分で決める。だがアジア選手は、ここでプレーしろと言えばここだけでプレーする。違うプレーをしたいとは言わない。ヨーロッパ選手は自分が決定したいと言う。言葉も多くなく、試合の創造性が足りない。フィジカルもヨーロッパのほうが良い。イングランド、ドイツなどのリーグを見れば特にそうである。この2つのリーグは非常に強い。スペインも強い。私はアジア選手が好きだ。パク・チュホも好きだったし、パク・グァンリョンも好きだった。プロ意識の高い選手だった。彼らはプレーしたくないとか、不満をあらわしたことがない。いつも熱心にやっていた。軍人という表現はしたくないが、熱心に従っていた。情熱がときには重要だ。そういう点もアジア選手に必要である」


─アジア選手が向上させるべき点は、フィジカルと創造性であると整理できるか?

「私が店に行ってこのネクタイ、青色がほしいと言うと、日本でショッピングするときはそれがないと言う。なぜ他のものを薦めない?これは青色じゃないが、濃い青色とも言える。ただないと言ってしまう。これがアジアの文化なのかもしれない。選手にそっちへ行けと言えばそっちに行くかもしれないが、なぜかと説明を求めることもできる。日本サッカーのテンポは早いほうだが、フィジカル的に、守備的にはほとんど強い外国人選手を使う。日本サッカーで言えばそいういう点が違う」


─ソン・フンミンとはまだ連絡してるのか?

「特に連絡はしていない」


─どういう言葉を伝えたいか?

「ソン・フンミンのせいで幸せじゃない。ハンブルクを去ってレバークーゼンに行くとき、私には残ると言った。二度と私にそうしないでほしい(笑)。彼にとって(移籍は)良いステップだった。適切な時点だった。私はチーム練習後に彼が父親と個人練習をしていることを知っていた。ソン・フンミンに、今でも父親がそうしているのかを聞きたい。彼の幸運を祈る。私がともにした選手であり、そういう点が私の誇りである。世界最高のリーグであるイングランドで、最高の監督とともにしているソン・フンミンと一緒だったのが誇らしい」


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─ヨーロッパのリーグで活動していて、アジアの舞台に挑戦するのは容易ではない決定だっただろう。どんなモチベーションを持ってヴィッセル神戸のオファーを受諾したのか?

「私の熱望はチャンピオンになること、チャンピオンズリーグに出ることだ。ヨーロッパのほうが明らかに良い舞台である。だが今も私はチャンピオンズリーグに出られるクラブで働いていて、世界最高の選手であるイニエスタとともにしている。ヴィッセル神戸は非常に良いファンを持つクラブだ。毎試合3万人以上の観客が来る。競技場の雰囲気はすごく良い。良い選手と働いていて、チャンピオンズリーグに出ている。それが監督としての私の夢だった。ここで長く働くかもしれないし、ここで成功して世界最高のリーグに行くこともあるだろう。ここで上手くできなければそうではないだろう。私は75歳じゃない。これが私のキャリアである。だいぶ前だがヨーロッパチャンピオンズリーグも経験したし、今また戻ってきた。私はタイトルを望んでいる。すでに6つのタイトルがある。そういう点が私の未来にとって良いと思う」


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