[チェンマイLIVE] キム・チャンスの夢、「以前の技量を取り戻したい」
ベストイレブン




※一部要約

かつて代表チームでアップダウンするほどKリーグ最高の右SBの1人に数えられたキム・チャンスにとって、2019シーズンは忘れたい時期だった。
両ふくらはぎを負傷してシーズン9試合の出場に終わり、寂しく蔚山現代を去らなければならなかったからである。

この出場数はキム・チャンスにとって試練だった。
プロデビューしたばかりの2004シーズンに蔚山で記録した1試合、そして全北現代で半シーズンプレーした2016シーズンを除けば、最も少ない出場数だからだ。
2011シーズンに釜山アイパークでプレーしていたときは、何と35試合プレーするほど"鉄脚"に数えられた選手だったので、突然ファンの視線から消えた状況はキム・チャンスにとって納得し難い瞬間だっただろう。

タイ・チェンマイのアティタヤ・ゴルフリゾートに構えた光州FCのキャンプで玉の汗を流しているキム・チャンスは、ベストイレブンと会った席で「去年は負傷が多かった。負傷のせいでストレスをかなり受けたし、蔚山から再契約のオファーを貰えなくても傷つかなかった。率直に去年見せたものがあまりなかったので。こういうのはプロで当然の現象」と語った。
2017シーズンに蔚山に入団してから2年連続で25試合以上に出場したにもかかわらず、1シーズンの負傷のせいでこのように別れて惜しくないのかという言葉にも、キム・チャンスは首を横に振ってそれがプロの生理だと語った。


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心を休めて初心に戻ったキム・チャンスにとって、光州のユニフォームを着たこれからが重要だ。
キム・チャンスは「チームを探していたところ、釜山時代のコーチだった監督の招請を受けて光州に来ることになった。実際に光州へ来ると、宿舎のなかった大田シチズンに所属していた頃を思い出す。本当に熱心にする人が多かった。14歳差の後輩と同じ部屋を使っているが、練習のたびにボールを扱う姿を見ると"自分もそうだった"という思いをするようになった。若い頃を思い出すと、また熱心にしなければならないという考えにもなる」と語った。

キム・チャンスはもう満34歳の老将である。
代表として大舞台にも立ったし、2012ロンドンオリンピック銅メダルという輝かしい業績を立てた瞬間もともにした。
この上なく幸せなサッカー人生を送った選手だ。
そんな彼に、キャリア末期に得たい成就はあるのかと聞いた。
キム・チャンスは低い姿勢を失わなかった。
ひとえに「プロなので試合でプレーしたくて、上手くやりたいのは基本だ。今回は本当に負傷なしにピッチ上を走りたい」と淡々と語った。

あまりに素朴だと思った瞬間、キム・チャンスは本音をあらわした。
キム・チャンスは「100%尽くしてもプレーできないならキャリアをやめるつもりだ。100%でも助けにならないのに席だけ埋めれば、自分はもちろん周囲の人々も疲れるからだ。だがその前に本当に健康になりたい。なので最善を尽くして、以前の技量を再び取り戻してみたい。かつての自分を取り戻すことが目標」と語った。

キム・チャンスは全盛期に"ラインブレーカー"というあだ名を持っていた。
同じあだ名を持つキム・スンデが相手の守備を一気に破る動きでそのような称号を得たとすれば、キム・チャンスは右サイドのタッチラインを休む間もなくアップダウンして攻守に力を加え、チームに貢献するという意味でそのような栄えある呼称を得た。
その時期のキム・チャンスは本当に拍手に値する選手だった。
もしかしたらそのときには戻れないかもしれない。
だがキム・チャンスはまだ諦めてない。
2020シーズン、キム・チャンスは復活の翼を広げるため、チェンマイで玉の汗を流している。


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