「すべての方に感謝」…FCソウルのハ・デソン、現役引退を宣言
NEWSIS




※一部要約

ハ・デソンは9日、自身のインスタグラムで引退を発表した。
1985年生まれでかつて代表でもプレーしたハ・デソンは、負傷を克服できずに結局サッカーシューズを脱いだ。

ハ・デソンは「サッカーを始めて25年が経った。小学生のときにサッカーを始めた瞬間から今引退するまで、試練も幸福な時間も多かった」と振り返った。

続けて「私を愛して下った方々、厳しい状況でも励まし力になって下さった方々、真摯な気持ちで叱責とアドバイスをして下さった方々、本当にファンから過分な愛を受けたと思う。このすべての方がおられたので、サッカーへの情熱を失わず持ちこたえることができたのだろう」と感謝した。

ハ・デソンはソウルで強力な中盤を構築し、2012シーズンにチームのKリーグ優勝に貢献した。
2014年に北京国安へ移籍したハ・デソンは、FCソウルを経て2017年にソウルへ帰ってきたが、負傷であまり活躍を披露できなかった。

ハ・デソンは「心に一つ残念な気持ちが残るとしたら、ソウルでの過去3年の時間」として、「繰り返された負傷でチームを助けられず、申し訳なく残念だった。筋肉の負傷に良いという薬菓治療法を試してみたり、行ってないところがないほど様々な病院や専門家を訪ねて多くの助けを受けたが、結局また負傷が繰り返された」と記した。

選手という身分下ろし、新たな挑戦に乗り出すハ・デソンは「これまで大切にして下さって愛して下さったすべての方々に感謝を申し上げ、愛しているという言葉を伝えたい。選手は引退するが、サッカー人ハ・デソンとしてさらに発展し、良い姿を見せるために努力する」と誓った。


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グッバイハ・デソン、グッバイ上岩の王
日刊スポーツ




※一部要約

自分をずっと苦しめてきた慢性的な負傷を乗り越えられなかった。
これ以上運動できない状態だと判断し、苦心の末に去る決定を下した。
グラウンドを華麗に走ったハ・デソンの姿はもう見られなくなった。

Kリーグに一時代を画した最高級MFがもう歴史の中に流れる。
2004年に蔚山現代に入団してから2006年に大邸FCに移籍し、2009年に全北現代のユニフォームを着た。
ハ・デソンが少しずつ価値が認められる過程が経った。
やはりハ・デソンが最高の時期を過ごしたのはソウルだった。
2010年にハ・デソンはソウルに抱えられた。
するとソウルの"黄金期"が開かれた。
2010年と2012年にKリーグで優勝し、2013年にはAFCチャンピオンズリーグ準優勝を記録した。
ハ・デソンはソウル黄金期の主役であり、中心だった。
2012年からはソウルの"キャプテン"として活躍し、カリスマ溢れるリーダーシップも披露した。
ソウルで最高の活躍を繰り広げると、ソウルファンは彼に"上岩の王"という名前をプレゼントした。





ソウルの黄金期を導いたハ・デソンには新たな挑戦が必要だった。
2014年に中国の北京国安へ去った後、日本のFC東京などを経た。
そして"上岩の王"が最後に戻ってきたところは上岩だった。
2017年、ソウルに復帰してもう一つの黄金期を夢見た。
だがハ・デソンはかつての名声を取り戻せなかった。
負傷の程度は深刻だった。
ふくらはぎを含め、太ももなど様々な負傷が重なり、試合に出ることがますます減った。
2017シーズンは7試合、2018シーズンは10試合、2019シーズンは2試合の出場に終わった。

そのような状況で最も胸が痛かったのはハ・デソン本人だった。
もっとやりたかったのに体が裏切った。
チームを助けられない状態、ソウルファンに喜びを与えられない状況、そして自責とストレス。
難しく苦しい時間の連続だった。
彼は2018昇降プレーオフが終わった後、涙を浮かべた。
ハ・デソンは「負傷でこれまでチームの助けになれず、あまりに申し訳なかった。自分自身に失望もかなりした。チームとファンにあまりに申し訳なかった」と自責した。
それでもハ・デソンはすべてを乗り越え、克服しようと最善を尽くした。
ファン・ソンホン監督時代に引退まで考えたが、ファン監督の引き止めと説得によりもう一度挑戦してみることにした。
できることすべてをやってみた。
それでも負傷の状態は冷酷だった。

ハ・デソンの最後は自責と申し訳なさで装飾された。
"有終の美"もない。
惜しさが大きい別れである。
だが自責する必要はない。
ハ・デソンは最善を尽くした。
ソウルのために最後まで全身を投げ出した。
試合でプレーできなくても、ベテランとして後ろから選手団のために多くのことをしてきたハ・デソンだ。
外には見えなかったが、彼の隠れた努力は間違いなくソウルに大きな力を与えた。
昨シーズンにソウルがリーグ3位で終えることができたのは、やはりハ・デソンの隠れた努力が加わった結果だった。





そのようなハ・デソンの尽心をソウルもよく知っている。
ハ・デソンはソウルにとって特別な選手である。
なのでソウルは"ハ・デソン引退式"を構想している。
日付と方法はまだ決まってない。
ハ・デソンと意見を調整するという計画だ。

ソウルの関係者は「ハ・デソン引退式を肯定的に考慮している。形や時期を調整している。当然しなければならないことだ。ハ・デソンは負傷で難しい時期を過ごしたが、そんな状況でもチームを助けるために努力した選手である。ソウルへの愛情が誰よりも大きい選手」と語った。

最後は惜しかったが、ハ・デソンという存在は最後のシーンだけでは説明できない選手だ。
彼はソウル史上で最大の喜びをプレゼントした選手であり、Kリーグ史上で最も素晴らしいMFの1人である。
彼がソウルとKリーグで歩んできた行跡は、拍手を受けて当然だ。
歓呼の中での別れが相応しい選手である。
ハ・デソンはそのような価値を持っている。



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