[現場レポート] ヤン・ドンヒョンとウォン・ドゥジェに向けられた福岡の太極旗応援
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※一部要約

競技場に入ってすぐ見えたのは、観客席の手すりにかかった太極旗だった。
そしてその横にはハングルで書かれた掛け図があった。

先月31日、福岡のレベルファイブスタジアムでは福岡と愛媛FCの2019日本J2リーグ30ラウンドが行われた。
競技場を訪れて気になった点は、2人の韓国人選手に対する応援の雰囲気だった。
福岡のファンはチームのために献身するヤン・ドンヒョン、ウォン・ドゥジェに惜しみない応援を送った。

ヤン・ドンヒョンは今年、セレッソ大阪から福岡の移籍して活躍中である。
ウォン・ドゥジェは漢陽大在学中だった2017年に福岡へ移籍し、3シーズン主戦DF兼MFでプレーしている。


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特にヤン・ドンヒョンへの応援が大きかった。
ヤン・ドンヒョンはこの日の試合では得点できなかったが、J2リーグで10ゴールを炸裂させた。
福岡が愛媛戦に3-0で勝利し、チーム得点で31ゴールを記録しているのを見たとき、ヤン・ドンヒョンはチーム得点の30%を担っていた。

ファンはヤン・ドンヒョンのそうした活躍をよく知っていた。
なので試合前、北側スタンドにいたサポーターを中心に、ヤン・ドンヒョンの名前を叫んで力を吹き込んだ。
試合中にはヤン・ドンヒョンがシュートを試み、相手陣内に進入するたびに歓呼した。


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ヤン・ドンヒョンもファンの気持ちをよく感じていて、さらに攻撃に集中した。
パスがスムーズでないときは中盤まで下がってボール配給もした。

最前方でヤン・ドンヒョンが奮戦しているとき、最後方ではウォン・ドゥジェがゴールを守っていた。
この日、3バックの右DFとして出たウォン・ドゥジェは、愛媛の動きを徹底的に封じ込めた。


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両選手は目立った記録を残すことはなかった。
だが福岡の無失点勝利の土台となる役割を果たした。

久しぶりの完勝にヤン・ドンヒョンとウォン・ドゥジェも気持ちの良い笑みを浮かべた。
ファンも競技場を離れるまで彼らに拍手を送った。
試合後にヤン・ドンヒョンは「ゴールは決められなかったが、ホームで勝って嬉しい。ファンの応援の感謝する」と語った。




[キム・ソンジンのフットボールトーク] ヤン・ドンヒョンは未来を一つずつ描いていた
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※一部要約

「指導者になることを以前は考えてませんでした。ところが最近はしてみたいという気がします。自分ならどう選手を起用するか?そういう考えですね」

"溶鉱炉ストライカー"と呼ばれたヤン・ドンヒョン(33、アビスパ福岡)は最近、どのように過ごしているのだろう?
ときどきゴールのニュースは聞こえていたが、近況が気になった。
8月31日に福岡のレベルファイブスタジアムで行われた愛媛FC戦に合わせて、福岡行きの飛行機に身を乗せた。
そして翌日の1日に福岡で彼と会った。

ヤン・ドンヒョンは去年、浦項スティーラーズを去って日本J1リーグのセレッソ大阪に移籍した。
若い頃にフランスのFCメスやスペインのレアル・バリャドリードでサッカーを学んだ彼にとって、プロ選手になってから初めての海外の舞台だった。

ところがセレッソではあまり良い結果がでなかった。
セレッソで過ごした1年で残した記録は、J1リーグ16試合出場1得点。
ポジション重複の問題があったし、あれこれと悪材料が重なった。
2017年に浦項で19ゴールを炸裂させたFWだったので、2018年は様々な面で惜しさが残るしかなかった。

そして彼は今年3月、J2リーグのアビスパ福岡に移籍した。
ファビオ・ペッキア監督の強い要請による移籍だった。
だがペッキア監督は個人的事情を理由に途中でチームを去った。
ヤン・ドンヒョンとしては再び難しい瞬間が来てしまった。

だが彼はひたすらチームと自分の実力を見せるという考えだけで、他のことは頭の中に入れなかった。
そして韓国にいるときと同じように、"兄さん"としてチームを導いていった。
支援が劣悪な中でも10ゴールを決めて奮戦した。
そんな姿を誰よりも先にわたっていたのは、福岡のファンだった。
福岡のファンは「ヤン・ドンヒョン」を叫んで力を吹き込んだ。

ヤン・ドンヒョンはそのようなファンの姿がありがたかった。
「今年は成績が良くないので、1試合勝っただけでも優勝したような雰囲気です」

ヤン・ドンヒョンは2年目を過ごしている日本生活に満足していた。
今は妻と2人の子供がしばらく韓国にいるが、韓国とは違って家族と過ごす時間が多いからだ。
なのでさらに数年海外でプレーすることを考えている。
「2~3年はさらに海外でプレーすることを考えています。その後、韓国で1年ほどプレーして終えることを考えてみます」

Jリーグは毎月、1ヶ月間のスケジュールを組む。
特別な理由がない限りはスケジュール通りにチームが動く。
なので選手はスケジュールを見て、個人の時間を最大限に活用する。
一週間単位でスケジュールが出て、決まったスケジュールも随時変わる国内とは違う。
ヤン・ドンヒョンはそのような違いを通じて、自分の未来を一つずつ描いていた。

そのうちの一つが指導者だった。
具体的にどのような指導者になるという目標ではなかった。
ただし、これまで見て、感じ、身につけたことを活用したいという願いだった。

「指導者になるなら私が学びたい監督がいます。その方の下で学びたい思いがあります。サッカー教室や中高校のサッカー部から一つずつ始めるのも大丈夫でしょう。私が指導をすれば、これまで自分を指導してきた監督がなぜそうしてきたのかを理解するのではないでしょうか?そうすることで指導者として私はその点を知るようになるのです」

まだ曖昧だがヤン・ドンヒョンは一つずつ具体化していた。
今よりさらに良い未来のために。


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