[アラビアンDAY] "主人公"と信じていたのに、"異邦人"になったアジアカップ
ベストイレブン




※一部要約

自分たちが主人公になると信じていた。
大会が始まる前もそうだったし、グループラウンドが終わった後もそうだった。
グループラウンド最後の中国戦に2-0で勝利し、あれほど望んでいた最上の対戦表を手にしたときは、その信頼が大きく増幅された。
さらに8強戦の前半を0-0で終えてやや不安だったときも、信頼は揺るがなかった。
韓国サッカー代表は17回目のアジアカップの主人公になると固く信じていた。

2月1日夜11時、私たちが主人公になると信じていた2019AFCアラブ首長国連邦アジアカップ決勝戦が行われる日だ。
決勝戦はUAEの首都アブダビにあるザイード・スポーツシティ・スタジアムで行われる。
だが決勝戦の対戦表に韓国の名前はない。
"永遠のライバル"日本と、8強で私たちを下したカタールの名前が刻まれているだけだ。
UAEアジアカップ決勝戦で韓国と韓国人は"異邦人"だった。

決勝戦が行われる前日の1月31日午前11時。
ザイード・スポーツシティ・スタジアムでは試合前の公式記者会見が行われた。
森保一日本サッカー代表監督と、フェリックス・サンチェスカタールサッカー代表監督が次々と登場し、2019UAEアジアカップ決勝戦を控えた所感と、臨む覚悟について語った。


スポンサーリンク
楽天








「いつも通り準備する」と余裕のある姿を見せた森保監督の記者会見と、「歴史的な日になるだろう」と自信を見せたサンチェス監督の記者会見を見て、心の片隅にある悔しさと苦々しさを隠せなかった。
「59年ぶりの優勝」を力強く叫んで発進したベント号の残像がずっと重なったためである。
その場に私たちがいたなら、パウロ・ベント監督とソン・フンミンが出てきて決勝戦の記者会見をしたならどうだっただろうという考えが去らなかった。

ザイード・スポーツシティ・スタジアム内にあるメディアセンターの風景を見ていても、同じような惜しさが交差した。
各国から来たメディアの職場となるメディアセンターは日本記者でいっぱいだった。
彼らは自国が優勝するという確信に満ちた姿で決勝戦を待っていたし、多くはなかったカタール記者の表情も、ここまで来るとは思ってなかったかのように幸せに見えた。
メジャー大会の決勝戦を前日にしたワクワクと期待感が、両国メディアの表情にはいっぱいだった。

余談だが、1月30日午前11時にはAFCが特別なイベントを行った。
決勝戦だけを控えている状況で、残っている各国メディアを招待してサッカーの試合を開催したのだ。
大会を通じて苦労した関係者のささやかな"サッカーパーティ"だった。
だがそのパーティには日本記者だけが参加したという。
各国メディアに伝えたが、自分たちのパーティではないと思ったのか、誰も来なかった。
日本記者は23人も愉快な気持ちで招待に応じ、AFC選抜チームを5-4で下して大喜びしたという裏話である。

主人公になることができた大会でそうなれなかった今、赤い波と"テ~ハミング"がうねるだろうと信じていた競技場が青色で満たされる今、決勝戦が行われるザイード・スポーツシティ・スタジアムへ向かわなければならない足取りは重いだけである。
なぜ、どうして私たちが主人公になれなかったのかについての真剣な考察と猛省が足取りを鈍くさせるからだ。
そして主人公を夢見た大会でついに異邦人として締めくくることになったことも、足取りが重くなった理由だった。

主人公を夢見た17回目のアジアカップ、過去59年間でそうだったように韓国はまた異邦人になった。



Page Top

ブログパーツ アクセスランキング
    Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...