アン・ジョンファンが母のピットゥー論難に「いつ会ったのか記憶にもない…苦々しい思い」
ファイナンシャルニュース




※一部要約

スポーツ解説者のアン・ジョンファンさんが、母親と母方の叔父に関わるピットゥー(借金+MeToo)報道について、「苦々しい」と辛い心境を吐露した。

25日、SBS funEはアンさんの母親と母方の叔父が事業家のイ某氏から"サッカー選手の息子の世話役"を名目に1億5000万ウォン余りを借りたのに、20年目に「あいつ(アン・ジョンファン)が返す金」と責任を回避していると報じた。

この日、アンさんはイーデイリーとのインタビューで、突然のピットゥー報道に「苦々しい」と心境を明かした。

彼は「母親が"息子の練習、養育"を名目に借りた金のうち、実際に自分が受けた支援や金は一銭もなかった」として、「ときどき"自分がそんな金銭的支援でしっかりと食べ、好条件で運動をしていれば、もっと素晴らしい選手になっていたのではないか"とも考えた」と語った。

それとともに「実際には貧しい暮らしで運動だけに専念したが、それでも確認してから母親の借金が正しければすべて返済してあげ、家を売ったり年俸をすべてつぎ込んで返したりもした」と主張した。

続けて彼は「ところがある瞬間から、実際には借りてないのに借りたと言って金を要求する人々も多くなった」として、「そのときから私も自分の家族を守るべきだという気がした。子供たちがこういう報道を見てどう思うだろうか」と辛い心境を吐露した。

最後にアンさんは「生んでくれた母親だが、いつ会ったのか記憶も思い出せない」として、「もちろん誰かに金を貸した人の気持ちは理解するが、私に連絡もなく"アン・ジョンファン"という"ピットゥー"報道が出ることに自愧感(※自ら恥じる気持ち)がある」と付け加えた。


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「返さなくてもいい金を返したのに」アン・ジョンファンの母のピットゥーに溢れる応援
Newsen




※一部要約

アン・ジョンファンの家庭事情は2002年に行われた韓日ワールドカップの後に広く知られた。
アン・ジョンファンが代表として注目されるだけの活躍を繰り広げ、不遇な家庭環境の中でもサッカー選手という夢に向かって走ってきた彼の成長過程が広く知られたのだ。

出演した様々な芸能番組でも家庭事情を告白し、視聴者の応援を受けた。
アン・ジョンファンは2016年2月に放送されたKBS 2TV"人間の条件"で、幼い頃に一部屋で祖母と2人きりで生活し、サッカー部に入ればパンと牛乳を貰えるという言葉でサッカーを始めたと明かした。
亡くなった祖母を思い出して涙を流したりもした。
一方、彼の母親はギャンブル説、詐欺の疑いなどで物議になった。

今回の"ピットゥー"でアン・ジョンファンの家族史に一歩遅れて接したネチズンは、切なさを隠せずにいる。
オンライン上には「アン・ジョンファンが返さなければならない義務はないのに残念だ」、「返さなくてもいい金を返したのに、やるだけやった」、「息子の名前を売って借金したいという人間に金を貸す人間のほうが問題だろう」などの反応を見せた。




「パンを食べるのが羨ましくてサッカーを始めた」、「父親を知らない」…気の毒なアン・ジョンファンの過去史
東亜日報




※一部要約

アン・ジョンファンと親しいことで知られるイ・ウリョン済州ユナイテッドFCコーチは2012年2月のインタビューで「ジョンファンは幼い頃、叔母の家を転々としなければならなかったし、サッカー部の学生が運動後にパンと牛乳を飲んでいるのを羨んでいた」として、「ジョンファンはそれをキッカケにサッカーを始めた」と語った。

アン・ジョンファンが自ら家庭環境を紹介したこともあった。
アン・ジョンファンは16日に放送されたOlive・tvN"国境のない屋台"で「私は父親の顔を知らずに育った」と打ち明けた。
共演した俳優パク・チュンフンは「この人(アン・ジョンファン)は父親にまだ会えていない。さらにまだどういう人なのかも知らない」と付け加えた。

サッカー選手として成功した後もアン・ジョンファンは母親のギャンブルの借金のために気苦労をしなければならなかった。
19日に放送されたTV番組によると、ギャンブルの借金をしたアン・ジョンファンの母親は私債まで負ってアン・ジョンファンを苦しめた。

その後アン・ジョンファンは母親の借金1億6000万ウォンを返したが、隠れた借金がさらに1億5000万あり、これをキッカケに母親と縁を切ることになったという。
絶縁することになった決定的な事件は、かつて自分を世話した祖母に37坪台のアパートをプレゼントしたのに、母方の叔父に借金があってアパートを密かに譲渡しようとしていたためだという。

その後も貸金業者に追われたアン・ジョンファンの母親は、2001年のアン・ジョンファンの結婚式にも参加できなかったという。
また、ギャンブルなどで負けた4億ウォン余りの借金を返さなかった容疑を受けたアン・ジョンファンの母親は、警察の追跡をかわしていた2002年10月、京畿道高陽市で偶然検問にかかり、警察官を車に掛けたまま逃走して逮捕された。

当時、アン・ジョンファンの母親の借金は4億ウォンであり、利子だけで2億ウォンだったという。
韓日ワールドカップ16強戦でイタリアを相手に決勝ゴールを決めたアン・ジョンファンは、所属クラブ・ペルージャが不敬罪で自分を放出すると違約金の問題が生じ、35億ウォンを用意した日本の芸能マネジメントに入ってJリーグと芸能活動を併行する苦難を体験した。
契約後に母親の借金4億3000万ウォンを返してあげ、入獄1年半で母親が出所したという。

その後もアン・ジョンファンの母親の論難は絶えなかった。
尼僧になると言ったかと思えば、憑依に苦しめられたという話をしてアン・ジョンファンを困らせたという。

一方、25日のSBS funEによると、事業家A氏はアン・ジョンファンの母親B氏に1億5000万ウォンを貸したのに、20年余り返していないと主張した。



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