[ドバイ・イシュー] イ・チョンヨンが投げかけた話題、もう犠牲の時代は終わらなければならない
スポーツ朝鮮




※一部要約

戦争の痛みを体験した韓国は、短期間でとてつもない成長をおさめた。

圧縮成長の過程で最もたくさん強調された言葉は"大義"だ。
成長という"大義"の下、"小義"は立つ瀬がなかった。
犠牲を強要され、そうすべきであると考えた。
スポーツも同じだ。
昔も今もスポーツは国威宣揚の先鋒だった。
外国を相手に勝利することが愛国であり、私たちはその勝利に熱狂した。
なので胸に太極マークを付けた代表には"大義"がさらに強調された。
勝利のための"選手"だけがいて、"個人"はなかった。
そのような基調は最近まで続いていた。
スポーツ選手には常に"犠牲"という修飾語が付いた。

19日午前、UAE現地で取材していた記者団に、大韓サッカー協会のメッセージが運ばれた。
"ブルードラゴン"イ・チョンヨンが家族の結婚式に参加するため帰国するという。
ドイツで復活したイ・チョンヨンは、再び代表の主軸として位置づけられた。
フィリピンとの1次戦で後半に投入されて大活躍したイ・チョンヨンは、その後キルギスタン・中国戦に先発出場した。
そのような核心選手が大会途中に負傷ではなく個人的理由でチームをしばらく空けることになった。
これまでの代表にはなかった、驚くべきニュースだった。

先述したように、韓国で代表は特別な意味がある。
常に全体が優先だった。
その中で個人は献身し、犠牲となった。
個人の人生はますます重要な価値に浮上しているが、選手は例外だった。
おそらく数十年間で数えきれないほど多くの選手が沈黙していただろう。
犠牲は闘魂という名前でラッピングされた。
なのでそのような雰囲気を破ったイ・チョンヨンの勇気は驚くべきであり、喜ばしい。


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前例がなかっただけに、イ・チョンヨンも慎重だった。
まず代表の状況を見守った。
韓国は中国とのグループリーグ最終戦に2対0で勝利し、グループ1位を確定させた。
代表は16強までに6日間の時間的余裕を得た。
グループ2位なら次の試合までに4日しか残ってなかった。
韓国行きは夢見ることもできない状況だった。
イ・チョンヨンはグループ1位を確定した中国戦が終わり、すぐにパウロ・ベント監督を訪れた。
自分の状況を説明し、韓国行きの意向を伝えた。
妹を大事にしているイ・チョンヨンにとって、妹の結婚式は特別な日だった。
さらに家族と数人の知人だけでするスモールウェディングだった。

これを聞いたベント監督は、すぐに大韓サッカー協会に問い合わせた。
最初は協会内部でも反対の声があった。
もし結果が良くなければ、逆風を迎えることになりかねないという意見もあった。
だがベント監督と選手の意見を尊重し、最終的に韓国行きを許諾した。

ポルトガル出身のベント監督にとって、このような状況は不慣れではない。
ヨーロッパサッカーは重要な大会でも、試合前に慶弔事ができた選手を送り出すのが一般的である。
むしろ推奨している。
おそらく他のヨーロッパ出身監督が韓国の指揮棒を取ったとしても、イ・チョンヨンを送った可能性が高い。
なので許諾したベント監督ではなく、それを言い出したイ・チョンヨンにさらに注目したい。

10年以上代表に身を置き、その文化を誰よりもよく知っているイ・チョンヨンである。
慎重で思慮深いイ・チョンヨンの普段の性格を考慮すれば、彼がどれだけ悩んだのかも推し量れる。
ある人は"両親が亡くなったわけでもないのに、妹の結婚式にあえて行く必要があるのか"と言ったりもする。
正しい言葉でもある。
だが今強調したいのは、イ・チョンヨンの勇気が古くなった代表のタブーを破ったということである。
何であれ始まりが一番難しい。

結婚式から戻ってきたイ・チョンヨンが、バーレーンで勢いよく躍動して欲しい。
批判の声が出なければ良いだろう。
太極マークの重さの中で硬直していた代表も、もう変わらなければならない。
もう無条件の犠牲を強調していた時代は過ぎた。
優勝という大義ももちろん重要だが、その中で個人の幸福も重要である。
なのでイ・チョンヨンの勇気に力を与えたい。
キム・ヨングォンの話を聞けば、すでに変化は始まっているのかもしれない。
「驚いたがこれが正しいのです。大会期間中に妻が子供を産んだら?どんな大会でも、どんな期間でも当然行かなければなりませんよね。家族より大切なものはないでしょう」



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