「一瞬一瞬が競争」…4年目Jリーガーのパク・ジョンスが伝える傭兵暮らし
イーデイリー




※一部要約

「傭兵生活4年目…もう一度考えてみると日本で気楽に過ごした時間はありませんね」

韓国から来た足元と制空権の優れたDF。
2016年に日本プロサッカーJリーグの横浜F.マリノスでデビューし、2018年から柏レイソルで活躍しているパク・ジョンスに付いたニックネームである。
慶煕高-慶煕大出身のパク・ジョンスは、2015年夏にJリーグを代表するチームの一つである横浜F.マリノスに練習生として入団した。
練習生としてチームに入ったパク・ジョンスがチームで席を取るまでに、長い時間はかからなかった。
彼はプロの舞台で生き残るため、日本語を学んで筋力運動をするなど、多くの時間を投資した。

努力の結果は競技力にあらわれた。
パク・ジョンスはプロデビュー初年度に、リーグとカップ大会を含めて25試合に出場し、チームの主軸に生まれ変わった。
パク・ジョンスが新人にもかかわらず多くのチャンスを与えられた理由は、マルチポジションの消化能力だ。
パク・ジョンスは本業のCBはもちろん、守備型MFまで消化できる。
Jリーグデビュー戦もCBではなく守備型MFとして行った。
彼は「CBと守備型MFを行き来したおかげで、プロ初シーズンから多くの試合に出ることができた」として、「2つのポジションが持つ魅力は違うが、とても面白い。どちらのポジションでも1人分以上の役割を果たせる自信がある」と語った。


スポンサーリンク
楽天





パク・ジョンスの自信は、根拠のない自信ではない。
彼は毎週先発争いを行い、実力的にも精神的にも一段階成長した。
彼は「日本に傭兵として来ただけに、見せなければならないという負担が大きかったので、本当に熱心にやった」として、「今になって考えてみると、シーズン中は気楽に休んだことがないほど常にサッカーだけを考えていた。生き残るためには絶対にサッカーが上手でなければならないという切実さが、今の私を作った」と語った。

パク・ジョンスが守備型MFとCBをどちらも消化することになった時期は大学のときである。
パク・ジョンスは高校のときまで守備型MFとして活躍していた。
だが大学進学後、CBにメインポジションを変更し、守備に対する経験値を積んだ。
彼は「足元の優れたCBになるという考えで熱心にやった」として、「最初はDFとして出るのが不慣れだったが、もうまったく不便はない。大学時代の経験が、プロの舞台で生き残れる秘蔵の武器になった」と笑った。

パク・ジョンスは現代サッカーが望む、足元の優れたDFだ。
彼はショートパスはもちろん、反対サイドに走るアタッカーに向けて差し入れるロングパスが得意である。
そこに188センチの長身で相手を押し退けて取る制空権まであり、Jリーグで活躍するアタッカーが苦しむDFの1人に成長した。
だがパク・ジョンスは自分に満足していない。
彼は「他のDFより足元と制空権は良いが、まだ守備力が足りなくて小さなミスが多いと思う」として、「正確なビルドアップに固執している途中でミスが何回かあっただけに、この点を集中的に直そうとしている。その他にも短所と思っているマーキング、ポジショニングなどを補完し、短所のないDFになれるよう努力する」と誓った。

去年10月、パク・ジョンスは所属チームの柏レイソルがJ2に降格する痛みを経験した。
2017年冬に大きな期待を受けて柏レイソルに移籍しただけに、パク・ジョンスはチームの降格について申し訳ない気持ちを持っていた。
彼は「チームの降格を防げなくて気が重い」として、「Jリーグ1の他チームに行くこともできたが、柏レイソルへの愛情があるので残ることにした。今年は必ずチームを再び1部リーグに昇格させられるよう、すべてを投じる」と強調した。

チーム昇格とともに、パク・ジョンスが心の中に抱いている2019年の目標は太極マークである。
彼はこれまで代表とは距離が遠かった。
わずか一度も代表への夢を諦めてなかった。
彼は「サッカーを始めてからは、常に代表になるという覚悟で熱心にやった」として、「代表を率いているパウロ・ベント監督が追求するサッカーは、最後方からのビルドアップで試合を解いていくスタイルであるだけに、熱心にやればチャンスは確実に来ると思う。いつになるかわからないが、太極マークをつけて運動場を走るその日まで、最善を尽くして準備する」と語った。



Page Top

ブログパーツ アクセスランキング
    Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...