東に傾くACLとJリーグの2連覇
ソ・ホジョンコラム




※一部要約

"遠征チームの墓"として有名なイラン・テヘランのアザディスタジアムが、遠征チームの歓呼で埋まった。
10日に行われた2018AFCチャンピオンズリーグ決勝2次戦で、鹿島アントラーズがホームチームのイラン・ペルセポリスと0-0の引き分けを記録した。
一週間前にホームで行われた1次戦に2-0で勝利していた鹿島は、1勝1分けで優勝に成功した。

鹿島の史上初のアジア制覇だった。
ジーコとともにJリーグの名門クラブに躍進した鹿島は、チャンピオンズリーグとは縁がなかった。
今回の優勝は8回の挑戦でおさめた成果である。
以前は8強でいっぱいのチームだった。
この日の試合では出場できなかったが、チーム最古参であり主将の小笠原満男が同僚から渡されたトロフィーを掲げた。
もう1人の79年生まれのベテランGK曽ヶ端準が一緒に喜ぶ姿は、鹿島が恨を晴らしたことを示す代表的なシーンだった。

昌子源、三竿健斗、土居聖真、西大伍、山本脩斗らの代表に、ヨーロッパから帰ってきた内田篤人、リーグトップクラスの外国人選手レオ・シルバ、クォン・スンテ、セルジーニョ、チョン・スンヒョンが優勝の主役となった。
特に夏に果敢に獲得したセルジーニョとチョン・スンヒョンが攻守で核心的な役割を活躍をした。
トーナメントに入って大活躍と論難が入り乱れたクォン・スンテは、3回目のチャンピオンズリーグ優勝を経験した。

Jリーグにとっても喜ばしい成果だった。
去年、浦和レッズがリーグで深刻な不振だったシーズン中、監督を更迭したにもかかわらず劇的にチャンピオンズリーグで優勝したのに続き、鹿島が2年連続でトロフィーを日本にもたらした。
2007年に浦和、2008年にガンバ大阪がJリーグの2連続優勝を導いてから10年ぶりである。


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この10年間でJリーグは決勝に一度も上がれなかった。
韓国と中国はもちろん、オーストラリアにも押されてチャンピオンズリーグの劣等生という恥辱感に陥った。
2015年から特段の措置に突入した。
リーグ次元でチャンピオンズリーグに参加するチームに行政的な支援をした。
金曜日の試合で長距離遠征に向かうチームが一日多く休めるように配慮した。
宿舎、練習施設などの情報やノウハウを集めて提供した。

2015年にガンバ大阪が4強に上がって効果を見た。
2016年には16強で全チームが全滅したが、2017年は3チーム(浦和、鹿島、川崎フロンターレ)が16強に上がり、最終的に浦和は最も高いところへ到達した。
2018年は鹿島が単独で16強に上がったが、上海上港、天津権健、水原三星を順に制圧して決勝に上がり、西アジアのペルセポリスまで下した。

そこに2016年にグローバルメディアグループのパフォームと結んだインターネット中継権契約が戦力強化を助けた。
Jリーグは中継権を分配し、チャンピオンズリーグで成果を出すことも考慮した。
中国や韓国と競争できる戦力強化のための、一種のボーナスをチャンピオンズリーグ出場チームに追加したのだ。
チャンピオンズリーグに向かうJ1リーグ優勝チームは30億ウォン、準優勝チームは20億ウォン、3位は6億ウォンの賞金を貰う。
そこに理念強化分配金として、選手陣の強化に使える金をチャンピオンズリーグ出場圏にいる上位4チームに分配する。





鹿島の場合、昨シーズンはJ1リーグで3位だった。
そのような場合は賞金6億ウォンに理念強化分配金20億ウォンまで、約26億ウォンを確保するが、その金は鹿島の優勝で決定的な要因になったと評価されるチョン・スンヒョンとセルジーニョのシーズン中の獲得の負担を軽減した。

昨シーズンの浦和、今シーズンの鹿島には共通点がある。
トーナメントに入ってホームですべて勝利したという点だ。
遠征で引き分けたり敗れても、ホームで自信を持って出て、快勝をおさめて克服した。
トーナメントの4試合を基準として、2017年の浦和は平均37009人、今年の鹿島は平均17640人が入場した。
Jリーグの興行の勢いがチャンピオンズリーグでのホームの強勢を作る重要な力となった。

結果的には好循環の威力である。
チャンピオンズリーグでは成果を上げられていなかったが、内実を育んだJリーグは強固になった内需市場が高い評価を受け、中継権ジャックポットを放った。
その成果を上位チームの戦力強化に再投資し、10年ぶりに再びチャンピオンズリーグで2連続優勝した。
資金力の中国、競技力の韓国と争える最も理想的なシステムを構築したのだ。





Jリーグを越えて見るなら、鹿島の優勝は東アジア全体に意味がある。
2012年の蔚山現代以降、東アジアが7年連続でチャンピオンズリーグ優勝を持っていったのだ。
西アジアは2011年のアル・サッドの優勝が最後である。

クラブチャンピオンシップとカップウィナーズカップを統合してチャンピオンズリーグを作った2003年から見ても、アジアクラブ対抗戦の重きは東へ深刻に傾いている。
16年間で東アジアが12回(韓国5回、日本4回、中国2回、オーストラリア1回)優勝した反面、西アジアは4回(サウジ2回、カタール1回、UAE 1回)に過ぎない。
西アジア全体の優勝回数が、韓国クラブの優勝回数にも満たない。
2003年のチャンピオンズリーグ開始後、アル・アイン(2003年)とアル・イテハド(2004年、2005年)が西アジアの3連続優勝を導いたが、その後は競争力と自信を備えた東アジアの舞台となった。

AFCは2013年が終わった後、異例的な大会システムを導入した。
準決勝まで東アジアと西アジアを分離した後、決勝だけ東西が対決する方式である。
広大なアジア大陸の特性上、移動距離や時差を考慮した決定だというが、2013年に広州恒大とFCソウルが激突して決勝戦が東アジアだけの祭典になると、そのような状況を防ぐためにした制度という指摘は多かった。





この選択は間違った判断になってしまった。
50%の確率で決勝に西アジアチームを送ることには成功したが、むしろ毎回東アジアチームが優勝しているからだ。
2014年にウェスタン・シドニーがチャンピオンズリーグ優勝に成功し、2015年に広州、2016年に全北現代、2017年に浦和、2018年に鹿島が西アジアのクラブを退けた。
偶数年は西アジアチームが2次戦をホームで行って有利になるが、それすらも効果がなかった。

西アジアチームが安定的に決勝へ進出することで十分に目的を達成したとするなら、大会の運営方式をあえて変える必要はないだろう。
だが5年間でAFCが確認したのは、制度的な補完だけでは西アジアサッカーの頂点登極を助けることにはならないということである。



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