韓国女子サッカーで初めて日本プロチームの指導者になった彼女
ベストイレブン




※一部要約

海の向こうの日本の地で、韓国女子サッカーで初めて指導者資格証を取った人物がいる。
日本J3リーグの鹿児島ユナイテッドでコーチとして活動中のモク・ソンジョン氏である。
日本サッカー界に韓国人コーチが多くないなか、女性としてその道を切り拓きつつあるモク・ソンジョン氏のしっかりとした目標や夢は興味深い。

モク・ソンジョン氏が日本と縁を結んだのは2013年だった。
最初から日本の舞台で初の女性指導者というタイトルを意識したわけではなかった。
最初は日本に渡って選手生活を続けることに集中するのも忙しかった。

しかし当時モク・ソンジョン氏を指導していた監督が「日本で選手生活をするだけでなく、韓国でできない経験をするのはどうか」とアドバイスし、それをキッカケにU-6チームとU-12チームを指導することになった。
そのときも指導者の道に完全に入るつもりはなかった。
自分でも「当時は指導者が私の道になるとはまったく思わなかった」と告白したほどである。

だが一度することいなればきちんと井戸を掘るモク・ソンジョン氏の性格が発揮された。
はどうせすることになったついでに、少しでもより良く教えたいという考えで熱心に努力した。
自分の授業を聞く子供たちがもっとたくさん発展することを望んだし、勉強しなければ子供たちを教えることに限界があると考え、日本サッカー協会のD級キッズリーダーの資格証を取った。
続けて、どうすればもっと体系的に指導できるのかを悩み、C級まで取って指導者の道に入った。


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日本語は"スミマセン"しか知らなかったが、ピッチ上で子供たちを教えるときに不便さがあってはならないと感じ、日本語も勉強した。
最初は"コチラニアツマッテクダサイ"というのを手のひらに韓国語で書いて読んでいた。
その後は携帯電話を開けばすぐに日本語が見えるようメイン画面に使い、トイレや部屋にも大きく貼っておき、どこでも日本語を勉強できるようにした。

そこで終わらなかった。
それからモク・ソンジョン氏は日本語の勉強と指導者の研究を怠らなかったし、日本サッカー協会のトライアウトに参加してB級ライセンスまで取った。
一緒にライセンスに挑戦した人の中にはJリーグ出身の有名サッカー選手も多かったが、そこでも女性はモク・ソンジョン氏1人だけだった。
だがモク・ソンジョン氏はとうとうライセンスに合格した。
「運が良かったし、周囲には助けてくれる人たちが多かった」と語るが、毎日指導方法や日本語の本を貪っていたモク・ソンジョン氏の格別な情熱や努力があったおかげだった。

モク・ソンジョン氏はもう選手生活を完全にたたみ、日本男子J3リーグの鹿児島ユナイテッドで幼少年チームを指導している。
韓国の男子でも簡単に挑戦するのは難しい日本の舞台で、韓国初の女性指導者というタイトルを付けて日本のピッチ上で呼吸をしているわけだ。

最初はそのようなタイトルを意識して挑戦しているわけではなかったが、今のモク・ソンジョン氏はさらに大きな夢を見ている。
モク・ソンジョン氏は「P級ライセンス(※日本のS級に相当)まで準備中だ。韓国女性で初めて日本J1の監督になりたいし、日本サッカーの中で韓国女性の力を広く知らせたい。また、韓国女子サッカーと日本女子サッカーを連結の輪のなれるような仕事をしたい。まだ韓国サッカーはかなり劣悪だが、その中で私が役立てることができるならすごく嬉しい」と慎ましく所感を伝えた。

誰も挑戦できなかったところで新たな道を切り拓き、韓国女子サッカーの新たな里程標を作っていくモク・ソンジョン氏の力強い挑戦に、多くの期待と関心が集まっている。



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