日本サッカー、高句麗の象徴三足烏を使う理由
オピニオンニュース




※一部要約

19日夜、日本とコロンビアのワールドカップの試合を見て、どちらの国を応援するか悩んだ。
隣国日本を応援するのが正しそうだが、長い歴史的旧怨、国民的感情を考慮すれば素直に飲み込めなかった。
テレビ解説者もコロンビアがゴールを決めたときは声が高まり、アナウンサーも日本がゴールを決めたときはあまり喜んでないようだった。
スウェーデンに負けたが、私たち国民にとっては日本が良ければ楽しいものではないだろう。
この日、日本は2対1でコロンビアに勝った。


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ところで詳しく見てみると、日本サッカー選手のユニフォームの上着に三足烏のエンブレムが描かれているのを知った。
日本サッカー協会(JFA)のエンブレムも三足烏である。

三足烏。
それは高句麗の象徴物だ。
双楹塚、角抵塚、天王地神塚など高句麗の古墳壁画に三足烏が描かれている。

"カラス=太陽"という設定は、人が亡くなればその魂をカラスが天国に連れて行くという神話の要素を内包している。


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私たちの古代史でカラスは神聖な存在だった。

"三国遺事"紀異篇に、新羅・照知王の10年のときにカラスが現れ、間もなく起きることを前もって知らせる神々しい存在として描かれている。
日本を立てたという燕烏郎と細烏女の説話にも、カラスは未来を知らせる光の象徴だった。

高麗時代には僧侶義天の袈裟に三足烏の模様が見られ、朝鮮時代には一部の墓石に三足烏が刻まれている。

高句麗は扶余に次いで自分たちが"太陽の末裔"という認識をして、円形の太陽の中に入っている三足烏を自分たちの象徴としたのだ。


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日本人も太陽の末裔であることを強調している。
日章旗に描かれている赤い太陽がそれを意味し、国の名前(日本)にも太陽を入れている。

日本では三足烏をヤタガラス、あるいはヤタノカラスという。

日本古代史の"日本書紀"の伝説を見ると、日本の初代神武天皇が九州からヤマト(大阪・京都)地方へ遠征に行ったとき、彼を導いたのが"ヤタガラス"というカラスだった。

日本でも古代古墳や各種遺物に三足烏が登場し、天皇が即位式のときに着る袞龍袍の左肩には三足烏が刺繍されている。
日本サッカー協会も軍国主義時代の1921年に創立したので、天皇の象徴である三足烏をエンブレムに使ったのだ。

考古人類学的に、日本の支配階級は韓半島から渡ってきたことが立証されている。
扶余、高句麗、百済に繋がる扶余族が日本に渡って天皇族になり、そういう点で三足烏も韓半島から渡っていったのだ。

だがカラスが日本では吉兆の象徴として残っているのに比べ、韓国では凶兆の象徴に変わってしまった。
高句麗を崩壊させた唐が三足烏を蔑んだという説、朝鮮時代に儒教が土俗神話的要素を弾圧したという説などあるが、確かなものはない。


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私たちのサッカー応援団"赤い悪魔"は東夷族の伝説的な皇帝・蚩尤を象徴としている。
韓国と日本のどちらも古代史の伝説から象徴物を探し、サッカーを通じて国民の談合性を鼓吹させている。

我が民族と日本族が東夷族から分かれたのは明らかだ。
長い歴史を辿りながら別の民族になり、互いに良かった記憶よりも悪い記憶がさらに多かったのは事実である。

スポーツは互いの感情を溶かす触媒の役割を果たす。
25日の日本-セネガル戦では日本を応援するだろうか。
同じ"太陽の末裔"という立場で…。



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