豊田、蔚山を去って半年でJリーグ復帰
蹴球ジャーナル




※一部要約

韓国サッカーの適応は容易ではなかった。
豊田陽平が手ぶらで日本に帰る。

日本<佐賀新聞>は、今シーズンのKリーグ前半期に蔚山現代でレンタル選手としてプレーしていた豊田陽平が、元の所属チームであるサガン鳥栖に復帰すると7日報じた。
当初の契約は1年のレンタルだったが、両クラブが協議して6ヶ月で終わらせた。
選手もJリーグ復帰を望んでいることがわかった。

豊田は2011年に2部リーグのサガン鳥栖で23ゴールを放って得点王を取った。
チームも1部に昇格した。
それから2016年まで毎年二桁得点を記録し、看板ストライカーとして活躍した。
同じ釜の飯を食べていたキム・ミヌとの呼吸も良かった。
2013~2015年には日本代表でもプレーした。

去年、サガン鳥栖の主戦競争で押された豊田は、今シーズンにKリーグで突破口を見つけようとした。
だが期待以下だった。
ACLに7試合、Kリーグ1に9試合出場したが、2ゴールに終わった。
結局、特別な印象を残せずにKリーグを去った。


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"6ヶ月で別れ"豊田「日本でも蔚山を応援する」
ジョイニュース24




※一部要約

サガン鳥栖と選手の利害関係が一致した。
当初は1年契約を結んでいたが、実家チームの鳥栖がなかなかJリーグで成績を上げられず、豊田にSOSを出した。
鳥栖は今シーズン、3勝4分け8敗・14得点21失点の勝ち点13で、リーグ18チーム中17位に落ちている。
何より得点力が乱調を見せ、FWの補強が至急だった。

豊田もまた、蔚山で残念なシーズンを送っていた。
彼は「ACLで貢献したい」という堂々たる抱負で韓国の舞台に入った。
日本代表出身、Jリーグ1だけで94ゴールを決めるなど、ネームバリューだけを見れば、韓国に来た日本人選手の中で最高水準だった。

そこに適応のための努力もかなりした。
チームに合流した直後から韓国語を勉強するなど、積極的な態度でチームに早く適応した。
ポルトガルキャンプでは練習試合で3試合連続ゴールを炸裂させて活躍した。





だが蓋を開けてみると、なかなかゴールを決めることができなかった。
ゴールの沈黙が長くなり、彼の長所である運動量と献身的な動きも一緒に消えた。
結局ACLでは7試合無得点、リーグでは9試合2ゴール1アシストを記録するのに終わった。
高原直泰(元水原三星)以降、久しぶりに韓国に来た日本人FWだったが、惜しさだけを残したまま韓国を去ることになった。

この日、蔚山に最後の挨拶をするため韓国を訪れた豊田は、"ジョイニュース24"との電話で「蔚山の選手団に挨拶をして、荷物をまとめるために韓国へ来た。金海空港に発つ予定」と語った。

彼は鳥栖でキム・ミンヒョクやチョン・スンヒョンはもちろん、キム・ミヌらとも長い時間をともに過ごした。
何よりユン・ジョンファン監督の指導を受けて代表にまで成長した。
なので韓国、そして韓国人に対するイメージも良かった。

彼はいつも「以前から韓国人との交流も多かった。ユン・ジョンファン監督は私が本当に尊敬する指導者でもある。ここに来て韓国語もたくさんやってみようと努力した」として悔しさを噛み締めた。
彼の人生のおいて初めての異国生活で、最善を尽くした。

そのため韓国で残した成績がなおさら大きな物足りなさにならざるを得なかった。
豊田は「応援してくれた方々には本当に感謝する」として、「残りの選手キャリアや家族などのことを考えると、残念ながらこのような決断を下すしかなかった」と語った。

それとともに彼は、蔚山の善戦を引き続き願った。
豊田は「日本に帰っても蔚山をずっと応援する。短い時間だったが、蔚山の選手としてプレーして本当に幸せだった」と別れの挨拶をした。


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