[パク・サンギョンのJサッカー] "脱亜"を叫ぶ日サッカー、"アジア"という基本がない
スポーツ朝鮮




※一部要約

日本サッカーの今冬はひときわ寒い。

野心的に出港した"森保ジャパン"が頭を下げた。
優勝を目標に出港したAFC U-23アジアチャンピオンシップ8強戦でウズベキスタンに0対4で大敗した。
前半だけで3ゴールを許した内容や、4失点の結果ともに先月末の東アジアカップ韓国戦を思い出させる。

日本現地の雰囲気は淡々としている。
サンケイスポーツくらいが"東京オリンピック世代の屈辱的な敗北"と伝えただけで、ほとんどのメディアは試合結果を淡々と伝えた。
東アジアカップのときシン・テヨン号に1対4の惨敗を喫したハリルホジッチ監督に対しては激しい批判が出たが、すぐにおさまったのと同じような様相である。





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もちろん意見はある。
今大会は2020年の東京オリンピック本戦まで指揮棒を取る森保一監督が初めて行う国際大会だった。
森保監督は"東京オリンピックに備えた育成"を名分に、21歳以下の選手だけでスカッドを設けた。
日本サッカー界もこの点を考慮している様子だ。
だがウズベク戦の敗北の他には、今大会であらわれたアジアのライバル国の発展した姿や、流れについての悩みは伺えない。
もうちょっと酷い表現をするなら、"あえて気を使う必要はない"という意図的な無視の感じすらするほどである。

この20年間で日本サッカーが指向するところは"脱アジア"だった。
1998年のフランスワールドカップで本戦行きの夢を達成する前までは、"アジア"は越えなければならない壁だった。
その後日本サッカーが早く発展し始めてからは、サッカー先進国であるヨーロッパ-南米と足並みを揃えていくべきだという気流が流れた。
ヨーロッパ-南米とシーズンの運営サイクルを合わせるためのJリーグの秋春制導入や、ドイツ・ブンデスリーガとの協約はそのような基調と無関係ではない。
先進国の長所を吸収して強みにするという明確な目標だった。
一方、"根元"であり"土台"のアジア内での歩みには、たいして気を使わない雰囲気が醸成された。
今大会の衝撃波が日本国内で大きくない理由である。





そのような日本の基調は韓国サッカーの昨日を思い出させる。
韓国サッカーも一時、"脱アジア"を叫んだことがあった。
1986年のメキシコ大会で32年ぶりにワールドカップの扉を開けた後、"アジアは狭い"という言葉があちこちから出てきた。
ヨーロッパ-南米との勝負が重要だったので、アジア圏との対決にはたいして関心を持たなかった。
"アジア最強"、"ワールドカップ最多進出、最高成績チーム"の自尊心だった。
だが副作用があらわれるのに長い時間はかからなかった。
韓国サッカーは強いチームにときには強い容貌を見せたが、弱体を相手にする方法を早くも忘れ去り始めた。
強いチームを相手にする方法に没頭した挙句、弱いチームの密集守備を突破する方法が未熟だった。
行政も同じだった。
一時は"アジアの盟主"を自認した韓国のサッカー外交は中東勢の激しい挑戦と中国、日本の躍進の中で霞んできた。
ワールドカップとオリンピックという成果は続いたが、ホームで立ち位置を失った。
一歩くれてそれを悟ったが、すでに水はひっくり返っていた。
ワールドカップやオリンピック予選での苦戦と、崩れたサッカー外交の復元など、厳しい道を歩いている。
杜撰な基礎の中で立った本大会での惨敗は言うまでもない。

日本Jリーグのシステムや行政、資金力はアジア最高と言うに値する。
田嶋幸三日本サッカー協会会長を前面に出したサッカー外交力も最高潮に達した。
だが日本クラブや代表の今日に、"最高"という修飾語は後に続かない。
ここ数年間のACLの成績、ワールドカップ-オリンピック本戦での結果がそうだ。

根の深い木は風に揺るがない。
世界の舞台で良い成果を得るためには、まずアジア最高にならなければならない。
今の日本サッカーだけでなく、韓国サッカーも忘れてはならない"基本中の基本"である。


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