ユン・ジョンファン「日本選手はサッカーを楽しむ…あるときはあまりに楽しんで問題」
ハンギョレ




※一部要約

違いは何なのだろうか?

ユン・ジョンファンセレッソ大阪監督に新年初頭のソウル漢南洞の自宅前で会った理由はシンプルだった。
韓国Kリーグにいたときは見方によっては期待に沿えなかったが、なぜ日本に行ったら変わるのかという疑問のためである。
ユン監督は2011年に日本2部リーグチームのサガン鳥栖に赴任して初年度に1部へ上げ、その後上位圏でチームを安定させて株を上げた。
また、その力で2015~2016年の2年間、Kリーグの名門・蔚山現代の指令塔を引き受けることができた。
だがチームは初年度に7位、翌年は4位に終わって、かなり期待していたファンを失望させた。
その後蔚山との再契約と日本行きの間で悩んでいた彼は、結局日本に発った。
日本に復帰した彼は、1年で2部から上ってきたセレッソ大阪を正規リーグ3位に安着させ、Jリーグカップと天皇杯の2つの優勝カップを手にした。
外国人指導者では珍しく、Jリーグ監督賞まで受賞した。
多くの指導者が日本で活躍しているが、サッカーの舞台で確固たる地位を固めた韓国指導者は彼が初めてである。

両国の間にはプロクラブの哲学、選手の態度やチームの雰囲気、サポーターの役割、ユースサッカーの基盤まで、様々なサッカーの要素や環境、文化の違いがある。
同じ人物が異なる結果をもたらしたのなら、構造や環境の違いが大きな影響を及ぼしたのだろう。
ユン監督に単刀直入に聞いた。
「いったい何が違うのでしょう?」

口数の少ないユン監督は特有の浅い笑みを浮かべた。
声も大きくない彼は「選手のやる気があった。変わろうと思う気持ちがあった」と答えた。
熱い返答を期待していたが間違いだった。
だが40代半ばの若い指導者が飾らずに語るその形式に、"ユン・ジョンファンのリーダーシップ"の内功があるという考えに後でなった。


スポンサーリンク
楽天





ユン監督は「最初から上手くいったわけではなかった」と語った。
去年1部に復帰したセレッソ大阪は、2月のホーム開幕戦でジュビロ磐田と引き分け(0-0)、3月の浦和レッズ遠征で敗北(1-3)、続けてコンサドーレ札幌戦で引き分け(0-0)など、開幕3試合で一度も勝てなかった。
だが4次戦のサガン鳥栖戦のホームでの勝利(1-0)を基点に3連勝して流れに乗った後、18チームが行う正規リーグで19勝6分け9敗で3位になった。
正規リーグの間に行われた2つのカップ大会では19試合無敗で優勝トロフィーを手にした。

元々セレッソ大阪のチームは起伏があるほうだったという。
「勝つときはすごく上手くいき、負けるときは果てしなく墜落する」
だが新任監督就任後の初勝利をキッカケに、選手が皆固く団結した。
ユン監督は「選手が監督の言葉を理解して信じた。主戦選手も2軍が出ても上手くやれば、"私たちも変わろう"となってチームの雰囲気を作った」と付け加えた。

ユン監督の韓国式カリスマも作動した。
彼は「セレッソ大阪にはユースチーム出身の選手が多いが大方は自由奔放だ。選手には自由を許す代わりに、チームの規律と練習時に真剣な姿勢で臨むことを求めた」と明かした。
もちろん指導者としての実力も重要である。
日本では選手が多く質問もして、ときには抵抗もする。
「指導者は様々な選択肢を与えて、選手が選ぶようにしなければならない。状況判断のできる力を育てなければならない。試合中には冷静に見守り、予測不能な状況まで備えて判断し、解決法を提示しなければならない」とユン監督は力説した。

監督が選手とコミュニケーションをして信頼関係を形成したり、選手の出場を決める権限によって選手団の規律を保つのは、韓国と日本で大差ない。
だが監督ではなく、選手を中心にすれば微細な差が見える。
ユン監督は日本と韓国の選手を見て感じる最大の差異点に態度を挙げた。
彼は「日本選手はサッカーをするとき楽しんでする。あるときはあまりに楽しんで問題だ(笑)。監督が話をすれば、吸収して運動場で見せてやろうと努める。一方、韓国選手は持続的に引っ張っていくことが弱く、ある状況になると監督が言ったことを忘れる場合がある。韓国選手は楽しんでするより"職業意識"を強く持っている」と区分した。

実際、プロ選手にとって職業意識は必要な徳目だ。
勝つためには渾身の力を発揮してプレーしなければならない。
それは楽しむ気持ちと相反するものではない。
ユン監督が「選手が協力して相手ゴールに早く迫り、2~3人のDFが相手選手を囲んでボールを奪ってから攻撃に切り替え、互いに一体のように動いて何かを作っていくという喜びを嬉しがる姿を見ることができる」と紹介した。
悔しがって怒り、挫折するときもある。
だが楽しい気持ちを引き出せるなら、苦しい試合でも最後まで集中力を維持することができる。
ユン監督が楽しいサッカーの長所を強調するのは、選手時代の経験も一役買っている。
彼は「若いときは職業意識と楽しさの中で、職業意識に傾いていた。だがパスをしたり得点をしながら、面白さと喜びを感じたことが多かった。選手は固定された枠組みに縛られたり、ミスが怖くて新しいことをしないより、ダメでもやってみる挑戦意識が必要だ」と語った。

韓国は代表の試合ではアジアの強豪として、日本と対等なレベルでワールドカップに9回連続で進出した強いチームだが、唯一成人サッカーの基盤であるユース・学校サッカーの底辺が日本に比べて薄い。
勝負至上主義から脱して幼少年にサッカーの楽しさを伝えることも、今では席を占めつつある。
このような構造的な違いが、ユン・ジョンファン監督の指導力が韓国と日本で違ってあらわれる要因の一つである。
プロチームの監督をしていたあるサッカー人は、韓国と日本の両国でユン監督の成績に差が生じることに関して、こういう話をした。
「日本は細かいサッカーをして、韓国はメンタルが強い。ところが私たちよりも底辺の広い土台から選抜された日本のプロ選手に、メンタルは成人になっても注入が可能だ。ユン・ジョンファン監督は日本での選手生活や代表の経験、文化の理解を通じてセレッソ大阪の破壊力を高めたものとみられる。逆に我が国の選手は堅い基礎を積むべき時期を疎かにして、一歩遅れて成人になってから再び教えて、消化するのにも時間がかかる」

このような評価もある。
プロサッカーの油公時代のユン・ジョンファンをよく知っているハ・ジェフン元SK監督は「ユン・ジョンファンは選手としてだけ見ればすごい天才だった。予測できないほど、キツネのようにボールを蹴っていた。そんなユン・ジョンファンのプレーを覚えている人は、指導者ユン・ジョンファンに対する期待値が高い。それに比べてユン・ジョンファン監督が蔚山で見せたサッカーは、あまりにも単純で失望したファンが出てきた」





これについてユン監督は誤解があると語った。
彼は「守備をするのは攻撃をするためであり、守備のためではない。攻撃をしたくてもボールがなければできない。セレッソ大阪でも同じである。ロングボールもあるが、主にサイドに食い込み、薄くなった中央をクロスや中央突破で押して得点する」と反論した。
去年のセレッソ大阪はJリーグ34試合で65得点(43失点)を記録し、全体の18チーム中で得点力2位を誇った。
大阪より多くの得点を上げたチームはJリーグ優勝チームの川崎フロンターレ(71得点)しかなかった。
失点は中間くらいの順位だった。
ユン監督が蔚山に赴任した2015年(38試合54得点)、2016年(38試合41得点)に比べて、日本では1試合当たりの得点率が大きく上がっている。
守備サッカーと呼ばれたことが悔しくもあった。

"攻撃サッカーか守備サッカーか"、あるいは"面白いサッカーか退屈なサッカーか"を分けたのは、クラブの哲学や監督とクラブの権力関係など、複雑で微妙な領域も影響を及ぼした。
日本のクラブは自分たちが追求するサッカースタイルの監督を見つけから信じて任せる傾向が強い反面、韓国は勘で監督を選んで支援システムも不在である場合が多い。
観点によって評価も変わる。
ユン・ジョンファン監督が蔚山時代に見せたサッカーを、選手の個人能力を厳密に把握してから決めた最良の選択だったと見るならチャンスを与え、逆に"蔚山の選手はパスサッカーをなぜできないのか?"という自尊心のあるファンの立場では、守備固めのサッカーに失望しただろう。
ユン監督は「パスプレーは容易なものではない。生半可にしてボールを奪われカウンターをされれば、致命打を受ける」と釈明した。

最近ではクラブから哲学をビジョンを提示し、強化部やマーケティング部署などの人員を拡充して体系を整えるクラブが増えている。
だが韓国では監督がしなければならない仕事があまりにも多い。
一部の市民クラブで監督を引き受ければ、市長の政治的イベントに呼ばれていくこともある。(※Kリーグの市道民クラブは自治体の首長がオーナーになったりする)
ユン監督は「日本では監督や選手が尊重される雰囲気が強い。精神的にも肉体的にも日本での指導者生活は、韓国より少し良い」と語った。
蔚山のクラブ関係者は「今考えればもっとたくさん助けられたのにという惜しさがある。クラブではユン監督が10年以上のKリーグ監督のようにチームを率いて結果を出すことを望んでいた。日本で上手くいっている指導者でも、Kリーグは新たな舞台という考えを深くすることができなかった」と振り返った。

ユン監督のサッカーが日本で特別に変わったものではないという話も出てきている。
最初から日本サッカーは守備組織とパスに長所があり、ユン監督が韓国式の力のサッカーやプレス、ゴール前のプレーを追加して、セレッソ大阪は成功したという指摘だ。
だがそのような部分も結局は選手と指導者が作るものなので、選手個人の能力をどうやって育てるのかという問題は、プロサッカーだけでなく大韓サッカー協会なども関心を持って研究しなければならない課題である。





ユン監督は2002韓日ワールドカップ代表選手だったが、試合には一度も投入されることができなかった。
だが常にチーム全体の勝利のために喜び、自分を犠牲にする成熟した姿を見せた。
彼は「本当に良い選手は状況や雰囲気を把握し、最も適切なチームプレーをする」と語ったが、代表でも喜んで影の役割を耐えた。
韓国サッカーへの愛情は変わりない。
彼は「以前は代表で"一度やってみよう"と一つになっていたが、今は時代が変わった。蔚山現代の監督になったときは、それなりに後輩のために献身するという考え一つで決めた。結果が良くても悪くても、多くを学んだ」と語った。
ユン監督が考える韓国サッカーの方向は適応力である。
彼は「韓国選手は抑圧的な環境で育っていて、一瞬にしてすべてのことを変えることは容易ではない。だが元々資質や体格的な条件は優れている。蔚山でしてみたが、新たに作ることができるという自信を得た」と語った。

もちろん劣悪な底辺は根本的な限界として残っている。
あるサッカー人は「年代別代表選手が所属チームに戻ってクラブや高校の大会に出場している地方大会に行くと見られたものじゃない。代表選手がミスをしても監督が指摘できない。外国では選手層が厚いので外しても構わないが、私たちは逆に選手の顔色を窺っている」と嘆いた。
そうやって自惚れた選手が最終的に代表に入るのは難しいだろう。

15日にチーム招集で練習に入るユン監督は、すぐにタイキャンプに発つ。
蔚山に初めて赴任したときはあまりにも精神的に緊張して、体重が3ヶ月で8キロも減ったが、日本復帰から成功時代を拓いた今年はさらに余裕がある。
「普通の精神力では監督はできない」というユン監督は、来月10日に行われるゼロックスカップを皮切りに今シーズンの扉を開ける。
監督としては初めてのAFCチャンピオンズリーグに所属チームを率いて出場することも待っている。
去年に二度のカップ大会優勝と正規3位、チャンピオンズリーグの補助金などで8億円以上をクラブにもたらしたユン監督は、浦項からヤン・ドンヒョンを獲得するなど、戦力補強にも積極的に乗り出している。
代表GKキム・ジンヒョンの存在などで、大阪市民に韓国を知らせる民間外交官の役割も果たしている。

「選手は私を見ると怖い監督と言う。外ではいつも良い顔なのに、運動場に入ると変わると言う。怒ることはないが、語調が強ければ選手は監督の意向を識別する。今シーズンも選手と一致協力して頂点に挑戦したい」
ユン監督の新年の抱負である。


【関連記事】
韓国メディア:大阪版オニとして帰ってきたユン・ジョンファン、セレッソが効果を最も認めている部分はメンタル
【インタビュー】セレッソ大阪の二冠を導いたユン・ジョンファン「私の夢は韓国代表監督」
【インタビュー】セレッソ大阪移籍のヤン・ドンヒョン「初シーズンの目標は14ゴール」



Page Top

ブログパーツ アクセスランキング
    Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...