慶南、"日本のルーニー"邦本の天才作りプロジェクト
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※一部要約

慶南FCがKリーグクラシック昇格を果たして獲得した邦本宜裕は、"悪魔の才能"と言われた選手である。
キム・ジョンブ慶南監督は邦本が品行論難を振り払ってプロ選手として定着することに自信を持っている。

邦本は2013年に浦和レッズユースにスカウトされ、本格的に期待を受けた。
その年の10月、日王杯でモンテディオ山形を相手に初出場して、その日にすぐ得点して非凡な才能を証明した。
16歳の誕生日をわずか8日過ぎた日であった。
浦和史上で公式戦最年少出場および得点記録をどちらも更新した。

限りなく高まった期待にもかかわらず、邦本は順調に成長できなかった。
品行が不良だという理由で2014年に浦和を去らなければならなかった。
2015年にアビスパ福岡に入団した邦本は、すぐにプロキャリアを始めた。
ちゃんとプレーしたのは2016年だけであり、その年に1ゴールするのに終わったが、競技力の側面では高い評価を受けた。
去年5月に再び品行が悪いという理由で契約解除された。
2回とも具体的な理由は公開されなかった。

邦本のニックネームは"クーニー"だった。
ウェイン・ルーニーの名前と合わせたあだ名だった。
それだけ潜在力が大きいという評価を受けてきた。
日本のテクニシャンは通常ほっそりしているのとは違い、邦本はガッシリとした体と猪突的なドリブルスタイルを持っている。
ボールを上手く扱い、巻いて蹴るクロスや強力なミドルシュートなど、多彩なキックにすべて才能がある。
ルーニーのデビュー時を連想させるプレースタイルだ。
品行論難が膨らんだ後の2015年から2017年まで着実に日本青少年代表に選抜され、全国的な期待を受けていた。


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慶南は邦本の獲得に力を入れた。
去年福岡から追い出された邦本を8月に国内へ呼び、1ヶ月以上一緒に練習する機会を与えた。
コンディションを維持させると同時に、長い入団テストを進めた。
結果は合格だった。

サッカー界の一部からは、邦本が慶南の合宿のときにも、練習を無断離脱して日本に行ったという話が広がった。
邦本の過去が改めて浮上した。
慶南でしっかりとプレーできるのかという憂慮が同時に生まれた。

キム監督は邦本の品行問題について尋ねると、すぐに「日本でそのようなことがあったのはよく知っている。去年韓国で宿舎を離れたのは無断離脱ではない。私たちと契約関係もない状態で、休日を利用して日本へ行ってきただけだ。当時は通訳もまともにいない状態だったので、コミュニケーションが上手くできなかったりしたが、過ちだったと言うことはできない」と語った。
ハン・ギョンナム選手は「普段は静かにしていたが、たまに冗談を一言ずつ交わしていた。おとなしくてそのまま日本人っぽい性格だ。悪い面はまったく見えなかった」と語った。

潜在力を炸裂させずにいる有望株という点で、キム監督は"第2のマルコン"を期待している。
キム監督はマルコンもやはり精神的に未熟な部分を慶南で克服したのではないかとして、「ここで過去は何の問題にもならない。ちゃんとさせることができる」と語った。
マルコンはブラジルにいた頃は小心で練習に消極的という評価を受けていたが、慶南でより積極的な選手に変身して、去年Kリーグチャレンジの得点王になった。

キム監督は邦本の身体的・技術的才能よりも、視野をさらに高評価した。
キム監督は「試合を見る目が他の選手より一段上にある選手」と描写した。
攻撃陣で試合運営ができる選手という見解である。
去年の慶南にはなかった能力だ。

邦本は選手人生で初めての全盛期を慶南で夢見ている。
キム監督は邦本が問題のない一年を過ごせるという自信を持って獲得した。
7日に出発したタイキャンプを通じて、既存の慶南選手と本格的に呼吸を合わせることになった。



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