[インタビュー] 横浜ジョン・チュングン「50歳の同僚三浦、ただの老将ではなかった」
スポーツソウル




※一部要約

「50歳の同僚の三浦知良、ただの老将ではありませんでした」

来年1月に中国で開催される2018アジアサッカー連盟U-23チャンピオンシップを準備する"キム・ポンギル号"に合流したジョン・チュングン(22・横浜FC)は、かつて韓国人10年目のフランス1部リーガーとして名を知らしめた。
U-12~15の年代別代表に着実に名前を上げた彼は、満15歳だった2010年にフランス・ナントのユースチームに入団して3シーズン活躍した。
そして2013年にナントとプロ契約を結んだ。
パク・チュヨン、ナム・テヒ、チョン・ジョグクら降らすリーグを経た先輩の後に続いた。
だが1軍の部隊は一度も踏めなかった。
2軍だけで3シーズンの間36試合(2ゴール)プレーするのに終わった。
そんな中で去年の末、電撃的に日本行きを決めた。
フランスだけでなくヨーロッパ残留について悩んだが、プロで発展しなければならない重要な時期として"プレーできるリーグ"を探した。
J2リーグの横浜のラブコールを受けた。
日本2部リーグであっても、厳然たる成人の舞台をまともに経験したことのない彼にとって、また別の挑戦であった。
結果的に日本行きはサッカー人生の反転をもたらした。
今シーズン37試合にプレーして7ゴールを記録、チーム内得点2位になって軟着陸した。

26日、シーズンを終えてから金浦空港に帰国した彼は、スポーツソウルとインタビューに「率直に移籍して最初のシーズンで7ゴールを決めるとは思わなかった」として、「日本とフランスのスタイルはかなり異なる。フィジカルとスピードの競争が激しいフランスと違い、日本は基本技など技術的な部分やチームワークが重要だった。チームに溶け込むため努力したので良い結果が出たみたいだ」と語った。
ジョン・チュングンはフランスで過ごした6年の歳月が無駄にはならなかったと強調した。
彼は「1軍の試合でプレーできなかったのは残念だが、練習場をはじめとしてサッカー選手としての生活全般に渡ってヨーロッパのスタイルを学ぶことができた」として、「日本でもそのような経験を基に、適応期間を縮めることができた。フィジカルが知らないうちに成長し、日本のDFを相手にしても十分だった」と語った。


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依然としてジョン・チュングンのように早い年齢でヨーロッパなどの海外の舞台に挑戦しようとする有望株が多い。
彼は「自分のスタイルに合い、ビジョンのあるチームなら早い年齢で挑戦するのは良い」として、「韓国でプロ生活を長くやって行けば、韓国のスタイルが身についていて適応は簡単ではない。一方、ヨーロッパで高いレベルを上手く乗り越えれば、後にどこへ行っても乗り越えることができる」と語った。
それとともに「私は事実上、フランスでサッカーを学び、現地のスタイルをスポンジみたいに吸収したみたいだ」と強調した。
横浜は今シーズン、2部で10位を記録した。
昇格を狙える圏内に入れなかった。
彼は「来年は昇格して1部も経験したい」と語った。
"またヨーロッパ行きのチャンスが与えられたら?"という質問には「フランスではなく他のリーグに行きたい。フランスリーグはアジア選手が適応するのは難しい。フィジカルに優れて柔軟な黒人選手が多い。フランス語も学ぶのが難しい」として、別の文化を経験したいと語った。

横浜には最高齢Jリーガーであり、1990年代に日本代表でプレーした"生ける伝説"三浦知良が身を置いている。
ジョン・チュングンは「行く前までただの50歳の老将だと思ってた。だが1年間一緒にしたらただの老将ではなかった。三浦にはオーラがある。話をあまりしなくても後輩が彼を見て、耐えさせるようにする力がある」と語った。
自己管理で他の追随を許さないという。
「体の管理をそうする選手は初めて見た。運動を欠かさず、乱れることがない。練習前のコアプログラムから練習後の個人運動まで、他の選手とは別に三浦は運動を続ける」と驚いた。

ジョン・チュングンは「U-23代表に行っても、元々していた通りに楽しむサッカーをしたい。右サイドの攻撃を主に引き受けるので、スピードと相手の後ろのスペースに進入するなどの長所を見せる」と力説した。



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