[ソ・ヒョンウク] 大阪でJリーグの春を妬む
ソ・ヒョンウクコラム




※一部要約

大阪を縁故地としているサッカーチームのセレッソは、私たちにとってファン・ソンホンで馴染みのチームである。
代表の主戦級選手が大挙日本へ渡っていた時代、ファン・ソンホンはセレッソのユニフォームを着てJリーグ得点王になった。
日本が今の中東や中国のように、ヨーロッパと南米の有名なベテランを獲得していた時代だった。
その頃ファン・ソンホンのチームとして私たちに身近になったセレッソはノ・ジョンユン、コ・ジョンウン、ハ・ソッチュら90年代のスターから、最近のキム・ボギョンやキム・ジンヒョンまで、韓国サッカーと縁の深いチームである。
少し前にはユン・ジョンファン監督が指揮棒を手にしたので、その縁は当分続きそうだ。

大阪の春は見事に咲く桜で有名だが、4月の中旬が過ぎる頃に着いた大阪は、桜の花がほとんどなかった。
だが桜という意味のスペイン語セレッソ(cerezo)をチーム名に選んだサッカーチームは、長期間の停滞を乗り越え、今まさに開花を始めたところである。
2部リーグで2年過ごし、3年ぶりにJ1に復帰したセレッソは、昨シーズンに蔚山の指揮棒を手にしていたユン・ジョンファン監督を首長に迎えた。

サガン鳥栖を率いてJリーグで指導力を認められたユン監督が就任したが、シーズン開幕前の現地評価は冷ややかだった。
昇格したばかりのチーム、さらに戦力強化で大きな投資をするのが難しいチーム状況を考慮すれば、上位圏躍進は簡単ではないように見えたのだろう。

シーズンが始まってからもそのような評価は合っているとみられた。
開幕戦から3ラウンドまで、セレッソは2分け1敗に終わってたった1勝もおさめられなかった。
だが続く4ラウンドから、セレッソは無失点の3連勝をおさめて一気に先頭圏に跳躍した。
そして迎えることになった7ラウンドの試合がまさにガンバ大阪との"大阪ダービー"だった。


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相手チームのガンバ大阪は大阪の主人であり、また異邦人でもあるクラブだ。
セレッソがプロ開始後にこれといった成果を上げていないのとは違い、ガンバはACL優勝(2005年)やJ1優勝(2007、2014)など、大きな成果を上げてきたチームである。
なのでサッカーで最も有名なクラブはガンバと言える。

だが名分で見るなら大阪のチームはセレッソでなければならない。
チームの歴史も長く、何より大阪市を縁故とする唯一のJ1クラブがセレッソだからだ。
もちろんセレッソファンの主張ではあるが、ガンバファンもこの言葉にあえて強くは反論しない。
ガンバ大阪の縁故地は大阪市ではなく吹田市のためである。
それでもチーム名に大阪と書くのは吹田市が大阪府、つまり私たちで言えば道に属する都市だからだ。
ガンバは4万席規模の新しい競技場を作って昨シーズンから使っている。

いずれにせよ同じ地名をチーム名につけている両クラブのライバル心はものすごい。
サッカー的な自負心がガンバの武器なら、大阪の自負心がセレッソの"バック"だと言える。
セレッソの昇格で3年ぶりにJ1で繰り広げられる"大阪ダービー"は、ちょうど両チームが並んで中位圏(ガンバ4位、セレッソ6位)を走っていて、より激しい接戦が予想された。

試合前の長居ヤンマースタジアムの周辺は、とてつもない人並みで混み合った。
セレッソの桜色のユニフォームは、ここが桜祭りの現場であるかのように感じさせた。
目につくのは色だけではなかった。
様々な年齢、家族単位の訪問客が多く、女性の観客の比重が高いのも印象的だった。

ガンバ大阪の運営担当が「セレッソは女性サポーターの集まりが別々にあるほど女性ファンが多い」と耳打ちしてくれた。
"セレッソ女子ファン"という意味の"セレ女"と呼ばれる女性ファンは、全盛期に毎試合4000人ほどが競技場を訪れるほどすごい規模だったが、J2時代を経てその数は大きく減ったという。
だがJ1昇格、そして3年ぶりに再開される大阪ダービーの便りに、再び多くが競技場を訪れたようだった。
両チームのファン層は地域的に都市北部の上はガンバファンが、下はセレッソファンが多いとみられるが、-規定上ガンバは大阪市内で垂れ幕や張り紙などのマーケティング活動ができない-、低年齢層がセレッソを、年配側がガンバをより多く支持しているようだという。


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キックオフ直前になると競技場は満席に近くなった。
日曜日の午後2時、のどかな天気の下で行われるダービーマッチに相応しい風景だった。
本部席左側を中心にピンク色のセレッソファンが圧倒的な数的優位を占めたまま応援の叫び声を上げている間、右側のアウェイ席に集まった数千人のガンバサポーターは、節度ある応援で形成を維持した。
キックオフの前に一人の歌手が登場してセレッソの応援歌を歌い、ガンバの客席からブーイングの咆哮が続いた。
4万3000の観客が席をいっぱいに埋めた2017年最初の大阪ダービーは、そのような高い熱気の中でキックオフした。

10年間2兆ウォンを越える金額でテレビ中継権を販売し、私たちの視線を集めたJリーグ。
その消息を聞いてからずっと巨額の中継権料に疑問を抱かないわけにはいかなかった。
1年で2000億ウォンを越える金額を投資するほどの価値、Kリーグでまったく見当たらない何かが、Jリーグには存在するという意味だったからである。
中国とは違って日本はこれといったスターがいない。
自国選手はもちろん、海外選手もやはり隣の中国と比べれば、はっきりと目につく名前は見つけられない。
実際、J1は7ラウンドまで行われた現在、各種個人順位の上位圏を自国選手が占めている。

それでもACLでの成果は(中国の急上昇を考慮すれば)それほど悪くなく、観客数はむしろ増えている。
スターに依存する市場ではない、リーグとチーム中心のファン数を拡張させてきたわけだ。
2012年から安定して平均観客17000人台を維持してきたJ1は、2017年に入って平均観客が2万人に迫るほどスタートが良い。
Jリーグ開始当初のバブルが消え、困難を経験した時期もあったが、底を打って徐々に安定した構造を構築している感じである。
大阪ダービーに訪れた4万をゆうに超える観客数がそれを証明している。
もちろんJリーグは日本国内でスポーツニュースのトップの席を占めていない。
だが底辺が拡大してファン層が安定化しているのは、現在の地位と関係なく、将来を肯定的に眺める要素となる。


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例えば3部リーグのJ3の場合は全16チームで運営されているのだが、そのうち3チーム(FC東京、ガンバ、セレッソ)はJ1クラブのU23チームが参加している。
最近バルセロナユース出身の2001年生まれのMF久保建英が、日本プロサッカー最年少得点(満15歳10ヶ月)を記録して大きなニュースになったのもJ3の試合だった。
J3が活発に運営され、しばしばメディアの関心を受けるのは、日本サッカーの底辺が広く、またますます定着しつつあるという意味である。
さらに昨シーズンのJ3の1試合あたりの平均有料観客数は3000人に達した。
ガンバのU23チームの運営担当は「去年J3で行われたU23チームの大阪ダービーの試合は、観客が8000人くらいだった」と明かした。
驚くべき水準だ。

重要なのは数字そのものではない。
危機の時代にも減らなかったし、今は徐々に増えているということが注目すべき点である。
選手とファンのどちらも、幼い頃からリーグに馴染まされる構造が作られつつあるのも肯定的な兆しだ。
自然とKリーグの現在を顧みることになる。
いわゆる"100年の大計"を立てて、丹念に根気強く推し進めてきた日本サッカーの発展方法が少しずつその成果を出している間、いつの間にか彼我の差があまりにも広がったのではないかと自問しないわけにはいかなかったからである。

Jリーグがテレビ中継権を巨額で売った背景には、人口・経済規模・有料テレビ市場などの違いももちろん存在するだろう。
だが10年という長期間に巨額の投資をする投資家の存在は、-一部からその資金の性格や契約の詳細内容について疑問を投げるのしても-、投資対象としての価値が一定以上あるという前提でこそ可能なことである。
そしてその価値は2万に迫るJ1平均観客の数(J2の平均はKリーグより1000人ほど少ない)と、毎試合平均3000人が金を払って競技場を訪れるJ3ファンの存在から始まるのだろう。

有料放送中心に中継権市場を変えただけでなく、Jリーグ全体に渡って持続的に受け継いでいる費用削減とファン層拡大のための努力は、間違いなく参考にする余地がある。
"アジアで最も長い歴史を誇るリーグ"というスローガンは、その歴史を経て発展するときに意味がある。
年が変わっても明確に良くなかったことがない無力感に陥った私たちは、これまで私たちだけが足踏みをしていると勘違いしていたのかもしれない。
実際は私たちだけが後退していたのではないか。
大阪で感じたJリーグの春は驚きであり羨ましかった。


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