ワールドカップに向けた"平壌遠征"、その6日間の記録
ノーカットニュース




※一部要約

大韓民国から最も近い国は北韓だ。
大韓民国の最北端から幅4キロの非武装地帯を過ぎれば、すぐに北韓の国境に入る。
だが北韓は最も遠い国でもある。
分断国家のせいで、近い距離に接しているが、往来は簡単には行われない。

2019フランスワールドカップ出場権を狙っている韓国女子サッカー代表もやはり、苦労して北韓の地を踏んだ。
ユン・ドクヨ監督が率いるサッカー代表は2日、2018AFCアジアカップ予選を行うため仁川国際空港から北韓の平壌に移動した。
直行便がなく、中国の北京を経由しなければならない骨の折れる日程だった。
取材陣もやはり選手団と同じ方法で北韓に向かった。

北京で一日休暇を取り、3日に平壌の順安空港に到着した。
2015年に新しく建てられた空港は、いつも考えていた北韓のイメージをひっくり返すほどきれいだった。
空港の職員は明るい表情で人々を迎えた。
だが警戒心も満ちていた。
荷物をすべて取り出し、取材のためにまとめていたノートブックの検査まで、すべて終えてから空港を出ることができた。


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別途での歓迎イベントはなかった。
民族和解協議会の人々だけが取材陣を迎えた。
すぐ大会期間に滞在する羊角島国際ホテルへ向かうバスに身を乗せた。
民和協関係者は高層ビルが並ぶ平壌市内を自慢するのに忙しかった。

だが代表的な通りを除けば、残りは荒廃した農地がほとんどだった。
街を歩く人々の表情もやはり明るくなかった。
亀裂のある高層建築もあちこち見えた。
万寿台にあるキム・イルソン、キム・ジョンイルの銅像だけが、最も完璧に近い姿をしていた。

インターネットは心配していたのとは違い、スムーズに使うことができた。
グーグル、フェイスブックなど色んなサイトに接続するのにまったく不便はなかった。
ただし、民和協関係者は取材陣がキーボードを叩くと、側で見守るのに忙しかった。
北韓に良くない内容が入っているかどうか気にしている様子だった。
カメラで外の風景を撮っても、どんな用途で使うのか尋ねるなど、一挙手一投足を監視していた。


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民族和の人たちは、北韓の良い面だけを見せるため、取材陣の動線を徹底して統制した。
北韓住民との接触も許されなかった。

対話も慎重を期さなければならなかった。
北韓、南朝鮮という単語は使ってはならなかった。
互いを南側と北側と称して話さなければならなかった。
誤って韓国、北韓などの表現が出ると、不快な素振りを隠さなかった。
キム・イルソン、キム・ジョンイルの肖像画の下ではタバコも吸ってはならなかった。
写真を撮っても、肖像画がカメラの中央に来るようにして撮らなければならなかった。

平壌の日暮れは暗黒そのものだった。
韓国の華やかな夜景とは相反する風景が広がっていた。
民和協関係者は「電力が不足しているわけではない。節約するときは節約しなければならない」と明かした。
だが暗闇の中でもキム・ジョンイル、キム・ジョンウンの肖像画がかかっているところは、ほのかな光が発せられていた。
別のところでは電力を節約しても、肖像画の灯りが消えることはなかった。


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キム・イルソン競技場は北韓が誇る最高のサッカー競技場である。
5万人を収容できる規模で、地下鉄の駅も隣接していてアクセシビリティが良い。
天然芝ではなく人工芝がグラウンドに敷かれているという点がやや惜しいが、状態は素晴らしかった。

北韓は今回のアジアカップ予選を足がかりに、続けて国際大会を誘致する計画を立てている。
大韓サッカー協会の関係者は「北韓は10月に開催されるAFC19歳以下チャンピオンシップ予選も誘致しようとしている。なので大会進行に関わるAFCの要請に協力的だ」と説明した。

だが試合運営では少なくない弱みを露呈した。
先発出場メンバーと試合の記録紙はまったく見つけられなかった。
韓国取材陣と北韓選手の接触も源泉封鎖した。


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韓民族という言葉もキム・イルソン競技場の中では意味がないようだった。
5日に行われた韓国とインドの試合には、2500人の北韓の観客が競技場を訪れたが、ほとんどインドの応援一色だった。
韓国がゴールを決めても歓呼する人は見つけられなかった。
一方、インドが攻勢になれば拍手が沸き起こった。
韓国への敵対心がそのまま滲み出る応援だった。

そのような応援は南北戦が行われた7日に絶頂に達した。
競技場をいっぱいに埋めた北韓の満員の観客は、韓国に一方的なブーイングを吐き出した。
前半5分に両チームの選手の間で神経戦が繰り広げられると、ブーイングの強度はさらに高まった。
試合が1-1で終わると、すぐに応援団は沈黙に陥った。
選手もやはり頭を下げたまま競技場を出た。

北韓を去るのも容易ではなかった。
11日午前11時20分の飛行機で中国の瀋陽に出発予定だったが、何の説明もなく午後4時30分に延期になった。
理由を聞いても返事は「事情がある」というだけだった。
それすらもまた延期になり、5時が過ぎてやっと平壌を去ることができた。

飛行機が鴨緑江を越えたときくらいには、「お客様、私たちは今、朝・中(朝鮮-中国)の国境線である鴨緑江を通過しています。あの鴨緑江の青い波は、祖国光復のために捧げられた偉大な首領キム・イルソン将軍の不滅の革命業績を歌っています」という機内放送が流れたりもした。
そして飛行機のモニターにはキム・イルソン、キム・ジョンイルを称賛する姿がずっと出ていた。


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