香川を押し、チャ・ボングンに向けて・・・ソン・フンミンが亜ヨーロッパ派50年の歴史を新たに記す
スポーツソウル




※一部要約

プレミアリーグでシーズン16号ゴールを記録したソン・フンミンが今やアジアヨーロッパ派50年の歴史を新たに記す態勢だ。

アジア選手がヨーロッパビッグリーグ1部で本格的に活躍することになったのは1970年代である。
韓国のチャ・ボングンと日本の奥寺康彦は、当時最高のリーグと言われていたドイツ・ブンデスリーガに並んで進出し、10年という歳月の間に所属チームの看板ゴールゲッターとして活躍した。
特に"褐色の爆撃機"というニックネームでドイツの舞台を引っ掻き回したチャ・ボングン元監督は、10年間で98ゴールという脅威的なゴール記録によってブンデスリーガ最高の外国人FWとして名を知らしめた。
レバークーゼンのユニフォームを着てプレーした1985~1986シーズンの19ゴール(リーグ17、ドイツサッカー協会ポカール2)の記録は、アジア選手のヨーロッパ1部での1シーズン最多得点であり、いまだに破られずにいる。


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その後、アジア選手が大挙ヨーロッパに進出することになったのは、2000年に入ってからだった。
パク・チソン、ソル・ギヒョン、パク・チュヨンら韓国選手だけでなくヴァヒド・ハシェミアン(イラン)、孫継海(中国)、大久保嘉人(日本)ら数多くのアジア選手がヨーロッパ1部で争った。
最も際立ったのは断然パク・チソンで、10年間でオランダPSVアイントホーフェンを経てイングランド・プレミアリーグの"ビッグチーム"であるマンチェスター・ユナイテッドでプレーし、アジア最高の選手に成長した。
2004~2005シーズンにアイントホーフェンで11ゴールを決めて二桁得点を記録し、2010~2011シーズンにマンUで8ゴールを炸裂させた。
特にマンUだけでリーグ優勝4回、ヨーロッパチャンピオンズリーグ優勝などを経験した。
ゴール数だけを見ればイランのハシェミアンが際立っていた。
ブンデスリーガ5年目だった2003~2004シーズンにボーフムでプレーしていた彼は、リーグだけで16ゴールを炸裂させて得点4位に上がる底力を誇示した。


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"ヨーロッパ派3世代"と言われる2010年代に入ってからは、ソン・フンミンが先頭走者だ。
序盤は日本の香川真司が2011~2012シーズンにドルトムントで17ゴール(リーグ13、リーグカップ3、チャンピオンズリーグ1)を炸裂させ、ハシェミアンの記録を超えて大きな話題を振りまいた。
だがマンUに移籍してから新たな挑戦に出て停滞した。
代わりにソン・フンミンの勢いが際立っている。
満18歳だった2010年にハンブルクでプロデビューした彼は毎シーズン成長を繰り返し、2014~2015シーズンに2チーム目のレバークーゼンで17ゴール(リーグ11、ポカール1、チャンピオンズリーグ5)を達成して香川真司と肩を並べた。
同じようにドイツの舞台での成功によりイングランド行きの飛行機に乗った。
香川は失敗したが、ソン・フンミンは違った。
移籍初年度だった昨シーズンは8ゴールに終わって成長痛を経験したが、今シーズンは先発と交替を行き来しながらも16ゴール(リーグ9、FAカップ6、チャンピオンズリーグ1)を記録中だ。
今後リーグ8試合、FAカップ4強戦などで少なくとも9試合を残していて、チャ・ボングン元監督の19ゴールの記録更新の挑戦も可能な見通しである。
チャ元監督を超えることになれば、ヨーロッパトップクラスのFWの象徴である"1部リーグ20ゴール"の金字塔を達成する。



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