[単独] エドゥ「今シーズンを最後に現役を終える・・・全北で引退する」
スポーツソウル




※一部要約

「韓国はありがたい国だ」

ブラジルFWエドゥにとって2017年と全北はそれぞれ特別な年と意味のあるチームだ。
彼は今シーズを最後に引退する予定だからである。
全北の海外キャンプ地だったUAEドバイで最近会ったエドゥは「今年が私の選手生活で最後の年だという考えを持っている。引退を計画している」として、「だからもっと貢献したい。KリーグクラシックとFAカップの2大会で優勝するのが目標だ。個人賞も一つ加えたい」と明かした。

エドゥは2007年、ブンデスリーガのマインツで活躍していて、水原に移籍して韓国生活を始めた。
2009シーズンを最後に韓国を去った彼は、2015年に全北と契約して再びKリーグと縁を結んだ。
11ゴールで得点首位を走っていたが、その年の7月に約50億ウォンの移籍金を受けて中国2部リーグの河北に移籍したが、去年7月に再び全北に来て自分の最後のサッカー人生を韓国で終えることに決めた。
エドゥは韓国で3大会の優勝カップをすべて掲げた。
2008年に水原でKリーグクラシックの優勝カップを掲げ、2009年にはFAカップの頂点に上った。
去年はエドゥ自身は振るわなかったがACLのトロフィーを掲げた。
Kリーグで126試合42ゴール19アシストを記録している。
2010年には水原での活躍を基に、Kリーガーがヨーロッパの名門クラブに直行する気炎を吐いた。
シャルケ04と契約してイタリアの名門インテル・ミラノとUEFAチャンピオンズリーグ8強で2ゴールを放つなど、自分の名前を知らしめた。


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エドゥにとって韓国はまさに約束の地というわけである。
「海外生活の10年間で多くの国に行ったが、韓国ほどのところはなかった。家族も韓国を愛している。とてもありがたい国」と韓国とKリーグに対して感謝を伝えた彼は、「選手生活をしていてアジアとヨーロッパのチャンピオンズリーグをプレーしたし、金銭的にもたくさんのことを達成した。今は家族と過ごさなければならないときだと思う。ブラジルの友人とも一緒に過ごしたい」として、全北との契約期間が終わる今年の終わりに選手生活を締めくくる適期であることを強調した。
エドゥはマインツ時代の同僚であるチャ・ドゥリの推薦で2007年に水原へ来ることになったと伝えている。
「友人のチャ・ドゥリは代表コーチとして新たな生活を送っている」と言った彼は、「サッカー関係の仕事をするつもりはない。今は一ファンに戻って懸命に応援するつもり」として、「サッカーではなく別の分野のことを計画している」と言った。

なので今年は彼にとって切実である。
「選手生活をしていて、交代メンバーになって出場できなかったのは去年が初めてだった。そのため自分自身に失望し、怒ったこともあった」という彼は、「中国で金を稼いだからモチベーションがないのだろうという分析もあるがそうじゃない。金は中国に行く前から稼いでいた。最後の年なのでいつのときよりも上手くやりたい。イ・ドングやキム・シヌクらの素晴らしいFWと善意の競争をして多くの出場を実現したい」と付け加えた。


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多くのゴールを決めているエドゥにとって最も記憶に残っている得点砲は何なのか。
エドゥは「多すぎて挙げるのは難しい」としつつも、「全北に入団した2015年のACLのGL山東遠征での試合で決めた左足ゴールを挙げたい。相手GKの背を越えるシュートだったが、すごく美しくて上手く蹴ったという気がするのでまだ思い出したりする」と言った。
今から振り返るとヨーロッパでもっと上手くやれたという惜しさも伝えた。
「シャルケで私の存在はラウルとフンテラールのバックアップだった。主戦でプレーしたくてトルコのベシクタシュに移籍したが、そこでもシモンやクアレスマ、ウーゴ・アルメイダのポルトガル三銃士が席をガッチリと掴んでいた。当時私は若かった。今ならシャルケにずっと残ってときを待っていただろう」と打ち明けた。
シャルケ時代にマンチェスター・ユナイテッドと2011年4月に行ったUEFAチャンピオンズリーグ準決勝の対決を思い出し、「韓国の英雄パク・チソンと同じグラウンドでプレーしたのも忘れられない思い出」と言った。



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