[人サイド] "繊細で粘り強い人"オ・ジェソクのJリーグ奮闘記
フットボールリスト

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※一部要約

2013年にガンバ大阪に入団したオ・ジェソクは2017シーズンもガンバ大阪の選手でプレーする。
いつの間にか5年目のJリーガー。
外国人選手の身分でこれまで1チームでプレーしていることは、彼が日本でどれだけ大きく認められているかを示す大きな部分である。

2016シーズンを最後にこれまでの契約が満了したオ・ジェソクは、去年10月の早々に契約延長のオファーを受け、さらに2年"ガンバマン"として活躍することになった。
更新された契約期間をすべて満たすと6シーズンをガンバで過ごすことになるわけだ。
Jリーグの舞台にしっかりと根を下ろしたのである。

これまで代表チームという目標に向かって前だけを見て走っていたオ・ジェソクは、自分自身をより深く覗き始めた。
"フットボールリスト"は直接会ってJリーグの現在、そしてオ・ジェソクの未来を聞いた。


─いつの間にか日本生活が5年目になった。これだけ上手くやれると思ったか?

行く前にオリンピック代表で共にした池田誠剛コーチに助言を求めた。そのときに誠剛コーチは"本当に苦労する"と言った。オリンピックで銅メダルを取り、サッカースタイルを変えたいという目標を立てた。苦労してでも行きたかった。誠剛コーチはガンバのスタイルを説明して、苦労すると言った。最初は"まあ、大変なんだろう"と軽く考えていたが、行ってみてその重さを実感した。3ヶ月後クラブに"韓国に帰る"という話までした。正直。誠剛コーチと再び話して、帰らずに2年耐えてみろと言われた。そうすれば違う人生になると。耐えて三冠王になった。


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─2016年は入団後初めてトロフィーなしでシーズンを終えた。二連覇していた日王杯も8強で脱落した。

チームが少し良くなかった。宇佐美とパトリックが出て行って不透明な感じがあった。ガンバは宇佐美を中心にパトリックまで繋がるシーンが多かった。宇佐美はヨーロッパ進出の過程で気持ちがちょっと浮いていたようだった。パトリックは不振だった。二人の選手の不振がチームの成績と重なったみたいだ。怪我人も多かったし。特に契約が満了する選手が多く、終盤に行くほど良くなかった。日王杯が始まったとき、他チームに行くことが公表された選手が8人続いて。そういう状況では運動するのがちょっと難しかった。


─横浜Fマリノスとの8強戦では追加時間に決勝ゴールを許した。

最後5分残っていて、投じれる攻撃カードをすべて入れようという考えで私を外した。私たちが同点ゴールを決めたが、またゴールを取られた。一方で"だから私をなぜ外したのか"という考えもした(笑)。


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─選手団の構成で変化が多そうだ。

クラブは獲得オファーをしたがほとんど拒否されて非常事態だ。主軸だった選手は契約条件の面で物足りないことが多かった。また、獲得しようとする選手は主戦を保証してもらうよりバックアップ選手を探している感じなのであまり来ないようだ。私たちのチームの両ウィングが今度みんな出て行く。代替選手はいるが、確実なカードが出て行く状況である。


─オ・ジェソク選手には他チームのオファーがなかったのか?

私は実は代表チームに行って、10月から再契約しようという話が出て、他チームのことは考えずに残った。長谷川監督様とは義理もあったし。


─長谷川監督は日本でも強い個性を持ち、成果を出してきた監督である。近くで見た長谷川監督はどうなのか?

いつもひたむきだというのが監督様の長所だ。分析力が本当に良い。今年は不思議と何だか上手く合わない感じがあった。これまですごく良かったからか、ちょっと良くないのが大きく感じられたみたいだ。長谷川監督様は韓国監督のスタイルに近い。厳格で礼儀を重視していて。日本の監督は普段は静かで優しいスタイルだが、日本ではカリスマのあるキャラクターだ。野性的な感じ。

日本代表をしていた方なので、よく日本のドーハの悲劇の話をする。日本代表時代の話をよく話して下さるので、去年日本がドーハで行われたAFC U-23チャンピオンシップ決勝戦で韓国に勝つと、お返ししてくれたと言っていた。チェ・ガンヒ監督様やキム・ハクポム監督様と握手するときは、丁寧に手を添えて挨拶したようだ。

外国人選手に温かくてよくして下さる。感情的に後腐れないスタイルだ。試合が終わればそれで終わり。運動場で選手を呼んで冗談も言い、次の試合で外れることになったらどういう理由なのか説明をちゃんとしてくれる。


─今年のチーム成績は良くなかったが、個人的には初めて代表チームに抜擢されるなど、良かった点が多かった。

リーグ成績が良くないこともあると考えた。まず私は傭兵なので、チーム成績も重要だが個人的に上手くやることも重要である。普段より個人成績に欲があったのも事実だ。長谷川監督様がシーズン初戦を終えてから"今年は代表チームに行かなければならない"と別個で呼んでおっしゃられた。それ以前にも代表チームの話をして大変そうだからガンバで頑張ると冗談半分で言っていた。今シーズンは初戦をして自分も代表チームに行ってみようと考えた。監督様の話でその目標を立てたようだ。





─それから代表チームに選ばれたが、負傷で合流できなかった。

3月に選ばれたとき、長谷川監督様が手を握りながら祝福して嬉しいと言われた。けど選ばれたが怪我をして行けなかった。ロッカールームで一人座っていると、これで終わりじゃない立ち上がれとおっしゃられた。2回目に選ばれたときは合流2週間前だった。2試合残っていたのだが"怪我の不安があるなら試合から外す"とまで言ってくれた。私は勝ってから行きたいと言った。


─長谷川監督への義理というのがどういうことなのかわかった。

監督様の家族とも食事をしたことがある。奥様が芸能プロダクションを運営していて、有名な人ではないが韓国人が多い。お嬢さんも韓国語が流暢で上手く、奥様も上手に話す。監督様はもちろんまったくしない。通訳の兄さんを通じて私が批判の中心になっているという話を聞いて"大丈夫"だと言ってくれた。代表チームは元々そういうところだと。日本で感じる韓国メディアの攻撃のレベルが違うというのを通訳に聞いたようだ。普通は代表チームに行くと成長してくるが、私がむしろ落ちて来たので心配したみたいだ。

(※代表の話などは割愛)


【インタビュー②】ガンバ大阪オ・ジェソク「ACLで成績が良くないのはスタイルの違い」「チームに恩返ししてクラブW杯に出たい」に続く



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