日本記者たち「鳥栖のキム・ミヌはパク・チソン以上」
蹴球ジャーナル




※一部要約

「サガン鳥栖でキム・ミヌはパク・チソン以上です」

日本Jリーグサガン鳥栖の主将キム・ミヌへの日本取材陣の反応である。
それだけキム・ミヌは鳥栖の歴史に確かな足跡を残した。

キム・ミヌは29日、ベストアメニティスタジアムで行われた横浜Fマリノスとの試合に先発出場した。
今シーズンを最後に韓国へ去るキム・ミヌのリーグでのホームサヨナラ戦だった。

キム・ミヌは間違いなく存在感を発揮した。
右MFでプレーして前半22分に先制ゴールを決めた。
ホームのファンはキム・ミヌを叫び歓呼した。
記者席も「ミヌ、ミヌ」と揺れた。


5305_9252_3133.png


惜しくも鳥栖は2-0のリードを守れずに2ゴールを許し、2-2で引き分けた。
キム・ミヌは後半42分に交代した。
多くの日本記者がこの日の試合を取材した。
彼らは「キム・ミヌは鳥栖で最高の選手」と口を揃えた。

3年半鳥栖を取材したという佐賀県の地元紙<佐賀新聞>のコウベ・リョウスケ記者は、キム・ミヌを京都パープルサンガ時代のパク・チソンと比較した。
パク・チソンは2000年から2003年1月まで京都で活躍した。
最後は日王杯まで優勝させてからヨーロッパに進出した。
パク・チソンはまだ京都の歴史で広く知られている。

リョウスケ記者は「パク・チソンも良い活躍をした。だがキム・ミヌは2010年から何と7シーズン鳥栖に留まった。チームを1部リーグに昇格もさせた。こうして長く一つのチームに貢献する外国人選手は珍しい」と明かした。

続けて「少なくとも鳥栖でのキム・ミヌの存在感はパク・チソンより大きい」と付け加えた。
彼は「鳥栖はキム・ミヌに代わる選手を簡単には見つけられないだろう」と明かした。
彼はキム・ミヌが最も輝いた瞬間に、2011シーズンの徳島ヴォルティス戦を挙げた。
この試合でキム・ミヌは先制決勝ゴールを炸裂させ3-0の勝利を導き、鳥栖は史上初の1部リーグ進出を決めた。

<佐賀新聞>のマツオカ・ソウタ記者も「キム・ミヌはリーダーシップが良くて本当に誠実な選手」として、チームを去ることになってすごく残念だと明かした。
二人の記者はキム・ミヌが鳥栖と同じように韓国で良い活躍を続けることを祈った。


スポンサーリンク
楽天





鳥栖ファンたち「去るキム・ミヌ、すでにチームの伝説」
蹴球ジャーナル

5308_9256_4751.jpg


※一部要約

「キム・ミヌはサガン鳥栖の伝説だ」
サガン鳥栖のファンたちがキム・ミヌとの別れを惜しんだ。

2010年にサガン鳥栖に入団したキム・ミヌは、7年間Jリーグだけで212試合プレーした。
2011年にJ2リーグからJ1リーグへの昇格を導いてファンを喜ばせ、今シーズンは主将としてチームを導いた。
兵役義務のため来年Kリーグに戻らなければならず、やむを得ずサガン鳥栖と別れることになった。


5308_9257_4751.jpg


この日、競技場のあちらこちらにキム・ミヌのユニフォーム、マフラー、特別Tシャツを来たファンが目についた。
サガン鳥栖ファンのテラニシ・シュウイチは「キム・ミヌが去るのは悲しい」と言った。
彼は「これまでサガン鳥栖だけでプロ生活をしていた。チームの伝説と呼ばれるのに十分だ」と明かした。
一緒にキム・ミヌを応援していたユウスケ・シミズは「今シーズンにキム・ミヌが主将になったとき、当然そうなるだけのことはあると思った」として、「サガン鳥栖サポーターはみんなキム・ミヌが好きだ」と言った。

ゴロウ・セジマは「キム・ミヌは競技場の内外で特別な選手」と親指を立てた。
隣りにいたアキヒロ・ナオムラが説明を加えた。
彼は「キム・ミヌは練習場や競技場でも最善を尽くす選手」として、「日本選手も彼の誠実な態度を尊敬している」と明かした。
サガン鳥栖がいるところならどこにでも走っていくというケイイチ・ノダは「キム・ミヌは競技場の外でも常に明るい。ファンサービスのイベントに出たらいつも笑っている。サインのお願いも断ったことがない」と言った。


5308_9258_4934.jpg


キム・ミヌはこの日、先制ゴールを炸裂させてファンの応援に応えた。
2-2の引き分けで試合が終わった後には、マイクを持ってファンに「必ずサガン鳥栖に戻る」と目頭を赤くした。


【関連記事】
韓国メディア「サガン鳥栖キム・ミヌ、涙のサヨナラ戦でゴール爆発」「日王杯の決勝までチームを去らないことが目標」



Page Top

ブログパーツ アクセスランキング
    Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...