レスター・シティ優勝で日本・タイが揺れた
スポーツ東亜




※一部要約

1990年代後半、国内では"パク・チャンホ熱風"が荒々しく吹いていた。
韓国人初のメジャーリーガーだったパク・チャンホは1997年から2001年まで、5年連続二桁勝利をおさめるなどLAドジャースを代表する先発投手として活躍した。
当時経済危機を経験していた国内で、パク・チャンホの存在は韓国の自尊心であり、ストレスを発散する解放区だった。
パク・チャンホの所属チームドジャースを"私たちのチーム"と呼ぶ人々も少なくなかった。
彼が先発登板する日は、学校や駅のあちこちでテレビ中継を見ることができた。
自国選手が世界最高の舞台で活躍する姿は、このように国民みんなに喜びを抱かせる。

今年は日本とタイのサッカーファンがレスター・シティの勝利で喜びを感じる特権を享受した。
レスター・シティには日本代表FWである岡崎慎司がプレーしている。
岡崎はマインツを経て去年7月にイングランドプレミアリーグ、レスター・シティのユニフォームを着た。
レスター・シティ移籍は岡崎にとって最高の選択だった。
彼は移籍して最初のシーズンでEPL34試合に出場し、5ゴールを放って優勝の主役となった。
多くのゴールではないが、特有の豊富な運動量を誇って守備にも積極的に加担し、チームに大きく貢献した。
日刊スポーツ、サンケイスポーツなどの日本メディアは3日、レスター・シティ優勝のニュースを特集で一斉に特筆大書した。
日本サッカーファンにとっては岡崎がプレーするレスター・シティが"私たちのチーム"なのだ。
日本選手としては過去に香川真司と稲本潤一がそれぞれマンチェスター・ユナイテッドとアーセナルでEPLを経験したが、2人ともチームの主軸ではなかった。
なので日本サッカーファンにとっては岡崎の活躍とレスター・シティの優勝はより一層特別だった。

タイも揺れた。
タイではかなり前からEPLが大きな人気を得ていたが、レスター・シティの優勝が格別なのはそれなりに理由がある。
レスター・シティのクラブオーナーのスリヴァッダナプラバがタイ国人であるからだ。
今回の優勝の前からタイでレスター・シティは"国民クラブ"と呼ばれるほど人気が高かった。
レスター・シティ現地にタイの取材陣が集まったのもそのためだった。


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"宗家"英で悲喜が分かれた日選手の運命
スポーツ朝鮮




※一部要約

"宗家"英国は日本人選手の墓と呼ばれた。

稲本潤一、川口能活、戸田和幸、香川真司、宮市亮など、日本サッカーを代表したり次世代の逸材に浮かび上がっていた選手が門を叩いた。
だが凄惨な失敗だけを味わって結局帰国の途についた。
日本サッカーの英雄と呼ばれ、ASローマで大活躍した中田英寿でさえも頭角を現せなかった。
一部の選手は現地ファンから"ユニフォーム販売員"とありがたくない皮肉まで聞かされる侮辱を受けた。

イングランドプレミアリーグとスコットランドプレミアリーグでそれぞれ今シーズンを送った2人の日本人選手の明暗が奇妙に交錯している。
創立132年で感激の優勝を味わったレスター・シティで活躍中の岡崎慎司と、ダンディー・ユナイテッドのゴールを守った川島永嗣が主人公である。

岡崎はこれまでにEPLへ進出した日本選手の中で最高の評価を受けている姿だ。
去年にレスターへ入団したときも特別な注目を浴びられなかった岡崎は、今シーズンにレスターで主戦とバックアップを行き来して過ごし、充実した役割を果たした。
ヴァーディやマーレズの活躍に隠れて大きな光を見ることはできていないが、少なくない活躍をしたというのが現地の分析である。
英国日刊紙デイリー・メールは3日、レスター選手の身代金冒頭のニュースを伝え、岡崎もやはり非常に価値が上昇した選手に選ばれた。

自由契約身分で彷徨い、1月にダンディー・ユナイテッドのユニフォームを来た川島は泣きっ面だ。
ダンディー・ユナイテッドは3日、地元のライバルダンディーFCに1対2で敗れて残り3試合の結果と関係なく2部リーグ行きが確定した。
ダンディー・ユナイテッドは川島が入団してから行った14試合でたったの4勝に終わった。
前半期の20試合で2勝に比べれば良い数字だが、降格を防ぐには力不足だった。
昨シーズンを終えた後スタンダール・リエージュとの契約が満了した川島は、チームの降格によって再び新しいチームを探すものになるとみられる。





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