[単独インタビュー] 引退宣言キム・ナミル「息子との歳月には勝てなかった」」
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※一部要約

選手になってサッカーシューズの紐を初めて結んだときが10歳だった。
振り返るとちょうど30年の旅程だ。
今年で不惑になったキム・ナミルは最終的に現役生活を終えることに決めた。

"真空掃除機""タフガイ"などの修飾語から感じられるように、いつもエネルギー溢れるMFだったので、他人事のように感じられる引退だった。
40という"数字"が先入観を与えなければ、相変わらず競争力のある選手であり、自分でももっとプレーしたいという気持ちがあったのは事実だ。
だがこれ以上は欲心だと判断した。
笑って去れるタイミングを逃したくなかった。

また1人"2002の英雄"が現役から引退する。
根本の大きな木のように、韓国代表に強固な力を与えてくれた彼のプレーに拍手を送る。


─いつ引退を決心することになったのか。

実は数年前から考えていたことだ。
永遠に現役生活をすることはできないのではないか。
1月までは日本国内でチームを調べていた。
Kリーグクラブをまったく考えなかったことはなく、オファーもあった。
だがこれ以上未練を置くことに何の意味があるのかと思った。
2月に入って心を決めた。
ずっと欲心をするものではなかった。


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─実際に決めると心がそわそわしただろう。

2週くらいドイツに行ってきた。
アウクスブルクに行って後輩(チ・ドンウォン、ク・ジャチョル)も見て頭を冷やしてきた。
そして日本に戻って妻と息子(ソウ)と家を探していた。
今は18日から始まる指導者研修を控えている。
とりあえず今は熱心に教育を受けることだけに気を使う。
その後の具体的な計画はない。


─何がキム・ナミルを引退させたのか。

私が勝てないことが二つあった。
一つはソウだ。
今は本当に幸せだ。
他の人にとっては極めて平凡な生活かも知れないが、息子を学校に送迎する些細な日常が本当に良い。
ソウが赤ん坊だったときの記憶があまりない。
外国で選手生活を長くしていたので、ソウが一歳一歳大きくなるのを見ることができなかった。
申し訳ないことで個人的には気になる。
ソウは父とともに過ごすことが好きで、私もソウを見るのが嬉しい。
今はこの幸福を守りたい。
もう一つ勝てなかったのは歳月だった。
大変だった。


─まだ2~3年はさらにプレーできる体だ。

実際の引退時期はもっと早くするべきだったという考えになる。
個人的には仁川ユナイテッドでプレーしていたときに終えるべきだったと思う。
外国生活を終えてKリーグに戻り、故郷のチームに入団してプレーしたそのときが本当に幸せだった。
現役生活を上手く終えて、自然とコーチの道に入っていれば最も良かっただろう。


─サッカーをしていて最も楽しかったときを挙げろと言われたら。

代表チームは入るたびに幸せだった。
キム・ナミルというサッカー選手を成長させたところも代表だ。
(Aマッチが98試合で止まったが)センチュリークラブに加入できないのはまったく惜しくない。
2試合さらにしても変わることはない。
そして仁川での2シーズンが記憶に残っている。
2012シーズン中盤から2013年中盤までのそのときは本当に良かっただろう。
当時の仁川は強いチームじゃなかったが、すべてのチームが私たちを恐れた。
全北もソウルも浦項も怖くなかった。


─整理してみよう。キム・ナミルはどんなサッカー選手だったか。

私はサッカーをあまりできない選手だった。
なので本当に熱心に努力した。
自分の体にすごく厳しく訓練した。
酷使させた。
訓練のせいで体が苦しみ、さらに長くすることのできた選手生活が早く締め切られた。
訓練さえなければもっと長くすることができた。


─今後の計画を話そう。

しばらくは韓国と日本を行き来して生活するだろう。
子供が日本で外国人学校に通っている。
そこの生活に満足してるようだ。
その幸福をもう少し享受するようにしたい。
指導者教育を受けて日本に来た後は、Jリーグクラブで指導者研修を受ける機会があるだろう。
日本国内で私を助けてくれる方々がいる。


─指導者しか考えなかったのか?解説もしないのか。

解説経験もあり率直に解説者のオファーも来た。
だが丁重に遠慮した。
解説は私の道ではないようだ。
今は"どういう指導者"になるという具体的な考えをしたことはない。
プロチームでなくても関係ない。
幼少年チームでも良いし、下からじわじわ学んでいく。
すぐに急いだりはしないだろう。
急に食べたら胃もたれする。


─どんな指導者になりたいか。

監督という立場はすごい。
選手を変えてチームを変え、他チームを変えて世界も変えるのが監督だ。
ペップ・グアルディオラが世界のサッカーを変えた。
今は韓国の大学チームでもパスゲームをする。
私たちがいつから細かいパスゲームをしたのだろうか。
監督とはそういうものだ。
私がそのような道に進めるのかはわからないが、努力する。


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