[人サイド] 私たちが注目してなかった"人間"チョン・テセ
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※一部要約

2011年、日本の川崎市で韓国では封切りされなかったドキュメンタリー映画"TESE"を見た。
映画は在日同胞三世のカン・ソンミョン監督が、同じ在日同胞三世のチョン・テセを3年半近く側から見守った記録だった。
映画は当時も今でも私たちがよく知らない自然人チョン・テセが出てきた。
サッカー選手の前に、サッカー選手というアイデンティティに閉じ込められてないチョン・テセがいっぱいである。
フィルムの中でチョン・テセは泣く。
中学校の体育大会を前にしても泣いたし、韓国との試合を前にしても泣いた。
なのでカン監督に尋ねた。
チョン・テセがよく泣く理由を知っているのかと。
カン監督の答えは簡単だった。

「チョン・テセは単純な人間だ。何かを得たくて、注目されたくて泣いてるようだ。チョン・テセは格好良く見せたい韓国や日本の普通の若者とまったく同じだ。チョン・テセという魅力的な人物を通して、単なる個人が複雑な社会の状況でどう描かれるのか見せたかった。映画で見たのように、人間チョン・テセは複雑じゃない」
カン監督は多くの人々が心配し、誤解している国籍問題についても答えを明快に出した。
「在日朝鮮人は国籍という問題で考えているよりかなり自由だ。皆にとって当然の国籍が、私たちにとっては当然じゃないわけだ」

映画は韓国で封切りされなかったが、チョン・テセは2013年から2015年7月まで韓国でプレーした。
チョン・テセは韓国で結婚し、息子テジュも得た。
サッカー選手チョン・テセは拍手を受けた。
だが人間チョン・テセは完全に受け入れられることができなかった。
告発があったりもしたし、何人かのネチズンの悪質コメントに苦しめられたりもした。
彼らは人間チョン・テセより、チョン・テセがどの"ユニフォーム"を着たかに注目した。
清水エスパルスに移籍してからは、彼に向けられた原論的な非難がさらに増えた。
彼が着たユニフォームそのもので彼を評価したからだ。
私たちの社会の"素顔"だった。

清水の現地練習地の日本鹿児島でチョン・テセに会った。
ドアを開けて現れたチョン・テセは、半年前に見た最後の姿そのままだった。
"寿司頭"をそのまま維持していたチョン・テセは人間として、父として、サッカー選手としてどう暮らしているのか率直に語った。


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─久しぶりだ。無事に過ごしてるか?

日本の生活は気楽だ。
静岡という都市は静かな都市だ。
妻と子供とともに安らかに過ごしてる。


─Jリーグ復帰後のサッカーはどうかのか?

楽しかった。
韓国とは違う楽しさがある。
韓国では90分が終わってから勝つと楽しかった。
清水では試合内容が楽しい。
日本はMFの選手が攻撃的でパスが上手い。
FWがボールを受ける機会が多く、試合に参加してる気がする。
興奮する感じもあり、次のプレーを考えるために頭もかなり使う。
そういう部分が楽しい。
もちろん90分の試合が終わった後で結果が良くなくて、ストレスを受ける部分もある。


─清水は降格を免れるためにチョン・テセを獲得した。結果的に降格した。今シーズンの目標は明白だ。

昇格しなければならない。
私のキャリアにとってもそれが良い。
2部リーグから1年で上がればJ1でも優勝しそうだが、1年で上がれなければ非常に難しくなる。
1部に残留することより2部から1部に昇格する方がさらに難しいという人たちもいる。
金銭的な部分でも問題が生じる。
スポンサーとかそんな部分でも収入が減るので、私もこのチームに留まるのが容易ではない。
私は年俸が高い方だ。
今シーズンに昇格できなければ、チームから出て行けと言われる可能性が高い。
1部に上がらなければならない理由がたくさんある。


─13試合で4ゴールを決めた。個人的には秀でた活躍じゃなかったか。

よくやったわけでもしくじったわけでもない。
ただ平凡だった。
私は年俸が高いのでもっと上手くやるべきだった。
チームは私を外国人選手の概念で連れてきたのだ。
勝利を導く役割をしなければならなかった。
ゴールは少なくとも5ゴールくらいは決めなければならなかったと思う。


─水原でも上手くやっていて移籍した。チョン・テセがいれば水原は全北と優勝争いをもっとできたと見ている人もいた。

私がいても水原が優勝するのは難しかっただろう(笑)。
水原は水原がおさめられる最良の結果を得た。
2位じゃなかったか。
私がいたときも全北と対決すればずっと負けていた。
全北が他のチームに負けたら私たちも負けた。
私がいても優勝は難しかっただろう。
残念なことがあるとすればMVPだ。
ヨム・ギフン兄さんは本当に狂ったような活躍をした。
全北でもギフン兄さんより良かった選手はいないのではないか。
イ・ジェソンも良かったが、ヨム・ギフンの輝く姿を超える程ではなかった。


─水原の同僚とは連絡してるのか?

チョン・ソンリョンとはたくさんする。
オ・ポムソクは同年代だから仲が良く、ギフン兄さんも連絡する。
昨シーズンが終わって会食したときに私も参加した。
Jリーグが一週先に終わった。
最後の試合を直接見て選手と会食もした。


─Kリーグで、水原で過ごした2年6ヶ月はどうだったか?

世界で最も大切な妻と綺麗な子供を得たので幸せだった。
水原でも最後のシーズンに上手くやれたので良かった。
ゴタゴタも多かった。
何人かのネチズンの露骨なコメントにストレスも受け、告訴もされた。
私は耐えたらそれだけだったが、クラブはちょっと大変じゃなかっただろうか。
クラブ側はそういう話が出たら苦労するしかなかっただろう。
そのせいかテレビ出演をできないようにした。
とりあえず沸き返るのを避けようとしたのだ。
ランニングマンからも3~4回出演オファーが来たが、できなかった。
結局日本に来て出演した(笑)。
韓国でそういう部分(テレビ出演、広告)をしたかったが、私を取り巻く状況が良くなかった。


─最後のインタビューで水原の生活は良かったが、惜しい部分もあったと言っていた。

前のインタビューでも言ったが、コーチと10回以上喧嘩した。
当然私に大きな原因があるのは否定できないが、争えば争うほどストレスを受けた。
結果的には感情を抑えられずにチームの雰囲気を駄目にしたので罪悪感もあった。
人間的にも自分が社会不適合者のように感じられるときもあった。
むしろ外国人なら良かったのだ。
だが私はすべてわかってるので、さらに難しかったみたいだ。
日本に来ればそういう部分では何の問題もない。


(※中略:家族の話とか)


─少し別の話だが、現地練習の違いに言及した。日本は現地練習でもイベントを多くしていた。

(2つのリーグは)ファンの立場が違う。
Kリーグは企業中心だ。
前から勝てば良いという雰囲気だった。
勝てば親企業から金を与えられる。
日本は親企業を持っているが、別の収入がなければチームを運営できない。
4つの基本的な収入である中継権料、入場収入、グッズ販売収入、スポンサー収入を総合的に考慮する。
最も重要なのが人気だ。
人気があってこそスポンサーもつき、観客も来る。
今日鹿児島に来たが、今日一日だけでイベントを4つした。
大変だがしなければならない。
ファンとの交流がなくなれば寂しくて物足りない。
韓国ではイベントをスポンサーのためだと言った。
日本では一般人を対象にする。
清水は降格したのに熱気が高い。
2つのリーグを選手としてやってみて、確かに雰囲気が違う。
もちろん韓国は勝負欲と切実さが際立っている。
すべての生活がサッカーに合わされているので、勝ちたいという気持ちがよく見える面もある。


─年齢が30を軽く越えた。選手としての仕上げも考えていると思うが。

以前はヨーロッパに向かったプレーしていた。
成功のために。
今は長くプレーしたい気持ちが最も大きい。
サッカー選手として生きるのが楽しい。
そして金銭的な部分でも良い。
サッカー選手は他の職業に比べて金を多く稼げるじゃないか。
家族のため、私のために、長く選手生活をしたい。


─最後の質問だ。引退後の指導者生活も考えているか?チョン・テセとは似合わなさそうだ。

第2の人生も悩んでいる。
それでも結局は指導者だろう。
グラウンドを去れば寂しくないか。
引退はまだ考えてないが、結局はファンの叫び声がある現場に戻りたいだろう。
そのときに良いオファーが来れば良いだろう(笑)。


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