[インタビュー] エドゥ「全北と仮契約は結んでない」
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※一部要約

エドゥはKリーグの外側にいるが、Kリーグで最も熱い選手だ。

河北から急に放出されてからKリーグ入団を打診し、2つの実家チーム水原三星と全北現代のどちらでも入団説が出た。
水原はエドゥ獲得を試みたが失敗したと発表した。
全北はチェ・ガンヒ監督のインタビューで獲得の可能性がないと明かしたが、仮契約をしたという報道が出て論難が膨らんだ。
チェ監督は報道後も仮契約を否定している。

論難の当事者エドゥが直接立場を明かした。
エドゥは仮契約を結んだ事実はなく、それを望んだこともなかったと主張した。


─河北を去る雰囲気で日にちが流れたのはいつ頃からだったのか?

現地練習を始めたときから雰囲気が良くなかった。
既存の外国人選手の中で残っていたのは私だけだった。
獲得される選手の噂だけが生い茂っていた。
2月4日に合宿を終え、旧正月の連休に合わせて休暇を貰った。
次男の誕生日がそのときだったので、河北に了解を求めてブラジルに戻ってパーティをした。
その日にブンデスリーガ時代のエージェントに会ったが、その人が「ヨーロッパでは河北がいろんな選手を探していることが知れ渡っている。君の席がなくなるだろうという話を聞いた」と言っていた。


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─河北から自由契約選手(FA)に解かれた過程は?

中国に戻るとすぐ河北の監督とミーティングをした。
噂も聞いてたし、エージェントから連絡も来ている状態だった。
「私の年は34だがどうするべきなのか」と監督に尋ねた。
その日、監督は私を放出するつもりはない、私の技量に満足していると言った。
戦術構想を示したが、FWの席に私の名前があった。
私はこれから状況が変わったら率直に話して欲しいと頼み、ミーティングを終えた。

ところが翌日、クラブディレクターに解約の通知を受けた。
他クラブもすべて有名選手を獲得する雰囲気で、私たちのチームも別の選手を取らなければならないだろうと言っていた。
その日が11日だった。


─河北にとっては、エドゥより有名な外国人選手を保有してこそ、対面が立つ状況だったという意味なのか?

正確な状況は語ってない。
言い逃れの形だった。
ただし、私の実力には満足しているが仕方のない状況があると言った。
いずれにせよクラブの昇格を助けたということは河北も認めた。
最初は中国内のレンタルの提案を受けたが拒否した。
それから補償金などの合意点を見出した。
解約そのものについての不満はない。
中国の状況をわかってるし、私が駄目だから出て行けというのではなかった。
その過程で私に悪い話はしなかった。


─新たなチームを探し始めるとき、どういう計画を立てたのか?

私が望まずにチームを去るので、契約をできるだけ早く解約した。
それから韓国チームから連絡が来たのは事実だ。
その中に全北はなかった。
私が全北だけを望んでいたというのは事実じゃない。
全北に私の席がないというのはわかっていた。
その他に日本、中国の様々なクラブから連絡が来た。
全北はたった半年だったが、良い記憶が残っているクラブだ。
私を欲しがっていれば当然行ってただろう。
だがそんなことのできる状況ではなかった。
仮契約を結んだという話があるのを知っている。
そうしたことはない。

妻をはじめとして家族と相談したが、少し休んだ方が良いという結論が出た。
まず1ヶ月間ゆっくり休んで、その後は練習できるブラジルのチームを探して運動するだろう。
そのときから私が入団できるチームがあれば、そこに行くだろう。
まだ引退するつもりはない。


─エドゥを欲しがった韓国チームが多かったということか。ドイツのクラブがアプローチしたとも伝えられている。

水原の他にも連絡が来たチームはあった。
今日も一つ連絡が来たと聞いた。
ドイツから公式的なオファーは一つもなかった。


─その中で受諾するほどの契約は一つもなかったのか。

金があってサッカーはしたい状況だが、それでもどのチームでも行くということはできない。
私に良い環境を提供するチーム、私に合っているチームを望んでいる。
金の問題なら中国クラブに行くだろう。
だが私が考えても認められるほどの活躍をした直後に放出された状況なので、中国サッカーの環境に戻りたくなかった。
後々どうなるかわからないが、今のところは中国を離れたい。
(生活環境のためなのか?)違う。
私はどの国に行っても、その地の文化を尊重して上手く適応する方だ。
河北では最初から最後まで私の便宜をしっかり見てくれていた。

唯一私の心を動かしたチームは水原だ。
金額は合わなかったが問題にならなかった。
私のサッカー人生で重要な足場となったチームで、3年間良い記憶を残したのでもう一度プレーしたかった。
サポーターとの良い記憶が多い。
私が去る日、空港まで見送ってくれたことを覚えている。
水原側とは会ったりもした。
だが家族と話をして、ブラジルに戻った方が良いという結論を下した。
簡単な決定ではなかった。
34歳の年齢で、4ヶ月間個人運動だけをしなければならない。


─先ほど全北からエドゥ側に獲得オファーをしていないという話をした。それではエドゥ側から先に全北にオファーをしたのか?双方の間に交換があったのは事実ではないのか。

私はそうできない立場だ。
ルイス、レオナルドと親しい。
そんな私が全北に自分を取って欲しいと言うのは、誰かを放出して欲しいという意味になる。
そんなことができるだろうか。
今は移籍論議そのものに辟易していて、後になって本当に関心のあるクラブがあるならそのときに交渉したい。

私の事情をよく知っているエージェントがチェ・ガンヒ監督に会ったことがあるし、私の状況についての話も交わしたことを知っている。
その話を聞いて、チェ監督が「エドゥが来れば嬉しい。だが今は席がない」と言い、少し悩んだと聞いた。
それ以外に実際に獲得の議論が行き来したことはない。


─1ヶ月間の休みを取って頭を少しクリアにした後は、全北をはじめとするKリーグに戻りたいか?

気持ちが整理されれば中国にも行くことができるかもしれない。
私が最も望んでいるのは韓国で引退することだ。
私たち家族は韓国が好きだ。
日本や中国も経験したが、韓国が最も気に入った。
もう一つ重要なのはキムチチゲだ。
以前、三日間昼食にキムチチゲしか食べなかった。
家族と一緒に韓国での生活の機会が欲しい。
ブラジルチームとも移籍の議論をしたが、韓中日でプレーすることが優先だ。
ただし、韓国に来るには7月にならなければならないが、その前に入団できるチームからオファーが来ればそれも考慮するだろう。


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