[オフィシャル] イ・スンヒ、Jリーグ名古屋グランパス移籍"確定"
スポーツ朝鮮




※一部要約

イ・スンヒがJリーグ名古屋グランパスに移籍を確定させた。

イ・スンヒは2010年に全南でデビュー、2014年までKリーグで130試合に出場して1ゴール3アシストを記録した守備型MFである。
2012年には済州で1年間レンタル生活をした。
強靭な体力と身を惜しまない守備力が長所だ。
2014年に全南で31試合プレーして能力を認められた彼は、2015年1月にタイへ電撃移籍した。
浦項時代の"ファリアスマジック"で有名なファリアス監督がスパンブリーの指揮棒を取り、タフな韓国選手の獲得を要請した。
彼は移籍後に30試合出場し、チームの核心MFをとして活躍した。
スパンブリーはライセンスの問題でACL出場権を剥奪されたが、今シーズンは前年度より3段階上昇した3位になった。

名古屋は昨シーズン9位に上がった。
問題は守備力だった。
後半期は最多失点2位だった。
得点力は良かったが、守備に足枷をかけられて反転に失敗した。
名古屋はタフな守備型MFイ・スンヒで守備力の強化を狙っている。
指揮棒を取っている西野朗監督は、各級代表監督を経て柏レイソル、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸などを導いた。
柏ではホン・ミョンボ、ファン・ソンホン、ユ・サンチョルなどコリアン三銃士と一緒にするなど、韓国選手と縁が多い。


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タイから日本に、名古屋入団イ・スンヒ「代表チーム挑戦の最後の機会」
スポーツソウル




※一部要約

タイ・スパンブリーでプレーしていたイ・スンヒは13日、日本行きの飛行機に身を乗せた。
タイでの1年を終え、名古屋グランパス入団を確定させて新チームへと発つところだった。
Kリーグで着実に活躍した彼にとってタイ移籍は失望感を抱かせたが、タイで積んだ経験は日本で新たな挑戦を始める重要な基礎になった。
日本行きの飛行機に乗る前、イ・スンヒは「良いチームに行くことになって嬉しい。JリーグはアジアでKリーグとともに良い評価を得ているじゃないか。これからどうするかによって、私への評価も変わることがあるだろう」と所感を伝えた。

守備型MFのやくわりを担い、Kリーグで5シーズンの間130試合プレーした。
派手ではなかったが、シーズン平均26試合で安定した活動をしてきた。
そうするうちに、ファリアス監督が就任したタイ・スパンブリーに去った。
初めて体験する海外生活だった。
国内に残りたかったが、状況が不如意で本人の意向とは違う決定をされた海外進出だった。
だがタイでの生活は彼にとって良い経験となった。
「国内プロチームの場合は、クラブハウスで合宿生活をする。クラブが生活や体の管理を助ける。だが海外ではそうじゃなかった。自分で生活を律して体の管理をするなど、プロ選手としての姿勢を悟った」というのが彼の説明だった。
同時に「タイでは私も傭兵の身分だっただけに、他の選手より倍以上上手くしなければならないという負担が常になった。そういう緊張感の中で以前よりさらに努力すると、良い評価も得た」と語った。

日本の名古屋で始まる新生活も"傭兵"の立場である。
スパンブリーではファリアス監督とクラブオーナーの信頼の中でチームの核心選手としてプレーしたが、名古屋では再び競争をして認められなければならない。
彼は「実は去年の7月に松本からオファーがあったが、クラブから"もっと良い条件のチームが出るから待ってみよう"と引き止められた。当時は物足りなさがあったが、本当にもっと良いオファーを受けることになった。今回はスパンブリーも快く送った」として、「新チームでは私に対する評価をまた受けなければならない。再び始めるわけだ。だがJリーグに行くことになって、より多くの人々に自分を見せられる機会ができたのが嬉しい。今から上手くやりこなさなければならない」と語った。
新チーム合流を前に、個人運動をしてコンディションも調節した。

まだ彼は太極マークと縁を結ぶことができてなかった。
Kリーグ復帰と代表チーム抜擢など、したいことを達成するためには今年の一年が非常に重要だ。
イ・スンヒは「Kリーグでは着実に試合でプレーしたが特に目立たず、代表選手でもなかった。代表チームに抜擢されたい気持ちが強い。今回が代表チームの関心を得られる最後の機会だと思う」と覚悟を残した。


名古屋グランパスあるある名古屋グランパスあるある
藤江直人,mikenyan

TOブックス 2016-01-25

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