[キム・ジンヒョンインタビュー] あの、GKグローブを再びはめました
MKスポーツ




※一部要約

「負傷に気をつけて、すぐ会おう」

送り主はキム・ボンス代表GKコーチだった。
2015東アジアカップ前、主戦GKとして新たに出てきたキム・ジンヒョンに体の管理を頼んだんだ。
だがキム・ジンヒョンはシュティーリケ監督が東アジアカップの最終名簿を発表した2日後の7月22日、ファジアーノ岡山との試合中にグラウンド上で倒れた。
東アジアカップ出場が挫折した。
代表チームはイ・ボムヨンを代替抜擢して武漢に発った。

24日の電話インタビューでキム・ジンヒョンは「雨が降っていて芝やボールが滑りやすかった。クロスを取ろうとしたが逃して、セカンドボールをクリアしようとしたが相手FWとぶつかった。すべて私のミスだった」と当時を振り返った。
骨折した鎖骨より痛いのは心だった。
「代表チームでなかなか来ないチャンスを虚しく失ったので、すごく残念だった。所属チームも代表チームも本当に重要な時期だったのだが」


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心理的に動揺していた時期に激励のメッセージを伝えたのはキム・ボンスコーチだった。
そこにシュティーリケ監督が手助けした。
9月3日のラオスとのロシアワールドカップ2次予選2次戦を終えて、「キム・ジンヒョンとイ・ジョンヒョプが負傷で抜けた。早く回復しろという応援メッセージを代表チームの名前で送りたい。両選手を絶対に忘れてない。次も一緒にやる選手たち」と言った。

キム・ジンヒョンはインターネットでニュースに接し、鼻がじいんとした。
「シュティーリケ監督様が思い掛けずインタビューで私に言及された。選手の立場では、負傷すれば急いで復帰しようと考えるが、そういう言葉を聞くと心理的に安定します。"リハビリを頑張って完璧な体の状態で戻る"と決心しました」

キム・ジンヒョンは負傷したとき"シーズンアウト"の見通しが出回ったが、2人の指導者の激励と所属チームの配慮、整えられた復帰の意思が噛み合わさって予想より早くGKのグローブを再びはめた。
負傷から3ヶ月後の10月20日、セレッソの紅白戦に出場して復帰を知らせた。

「負傷した鎖骨の部位にピンが打ち込まれました。医師が言うには、半年から1年は入れておかなければならないようです。それでも動くのには問題ありません。手術後のリハビリが良くて痛みもない。良かったときを"100"とすれば、今は"80"くらいの体の状態のようです。今は実戦感覚が足りないと感じてます」

復帰の日は確定したのだろうか。
「まだです。ドクターは"OK"をしたが、監督様が決めてこそプレーできるでしょう」
キム・ジンヒョンは24日のカマタマーレ讃岐戦をひとまず観覧席で観戦した。
自動昇格する2位のジュビロ磐田とは9点差である。
セレッソの目標は当然自動昇格で、残り4試合での反転を準備中だ。
キム・ジンヒョンは「クラブは急かしていない。早く復帰したいのはずばり私」と意欲を燃やした。





キム・ジンヒョンの復帰はパウロ・アウトゥオリ監督だけでなく、シュティーリケ監督にも朗報だ。
彼は2015アジアカップで制空権の掌握に長け、安定的に試合を運営する点に大きな点数を与えられたGKだった。
戻ってくれば代表チームのGKの重みが増す。

現実的には11月のAマッチには参加しないのが有力である。
来年3月24日と29日のレバノン&クウェート戦を狙うべきのようだ。

キム・ジンヒョンも急ぐつもりはない。
「代表チームは入りたくても入れるところではない。体も体だが、競技力を見せなければ抜擢されない。今はスンギュ、ソンニョン兄さんがどちらも落ち着いて上手くやってくれている。所属チームの試合に復帰してから代表チームのドアを開けたい。そしてまた招集されれば、避けられない主戦競争を再びする」と言った。


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