ユン・ジョンファン監督の過去と現在、そして未来
蹴球ジャーナル


※一部要約

監督就任はめでたいことだ。
だが2014年12月3日の感じは違った。
ユン・ジョンファンの蔚山現代監督就任。
"どれだけやるかひとつ見てみよう"や"転がり落ちてきた石"扱いをする反目が感じられた。
表立ってはない。
だがその日のKリーグでは愉快ではない視線が妙に感じられた。
"ニポムニシの子供"からJリーグを経てKリーグに復帰したユン・ジョンファン蔚山監督はそうやって始まった。

それから8ヶ月あまり。
蔚山はKリーグクラシック10位である。
頂点を見上げる境遇ではない。
2部リーグ降格を心配する酷い立場だ。
「選手が従わない」「もうすぐ切られるだろう」「前任監督の方がはるかに良かった」という言葉が蔚山現代をグルグル回っている。

プロ監督は常に現在形である。
今の成績が彼をあらわす。
常に未来を語るが、監督は現在を生きている。
試行錯誤をする余裕も、布石をする時間も、周囲を見回す暇も与えられない。
おそらくユン・ジョンファン監督にとってはこの点が最大の悩みだっただろう。
Kリーグ出身でありながらKリーグは見慣れてないからだ。


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サガン鳥栖の奇跡を振り返ってみよう。
成功には必ず必然的な理由があるはずだ。
ユン・ジョンファン監督はサガン鳥栖で選手としてプレーし、コーチを経験してから監督を引き受けた。
おそらくサガン鳥栖を最もよく知っている監督だっただろう。
選手を知り、クラブを知っていたので自信があったのだろう。
自信のある監督は自分の色をあらわす。

だが蔚山ではサガン鳥栖のユン・ジョンファンが見えない。
午前から午後に練習時間が変わり、中盤の組み合わせも数回変わった。
まだ選手にサッカー哲学を話している。
ユン・ジョンファン監督が席を掴めなかったという反証である。
サガン鳥栖での成功が蔚山での成功を保証するわけではない。

FCバルセロナの監督であっても、Kリーグで成功するだろうと大言壮語することはできない。
よく言うチームと監督の相性。
それは「色のない監督はいない。ただ色をあらわせるか、あらわせないかだけである」という言葉と相通じる。
クラブもユン・ジョンファン監督も、色をあらわすことができない理由を見つけなければならない。

ユン・ジョンファン監督は攻撃的サッカーを指向する。
ボールを奪う守備で相手を圧迫し、簡潔なパスでゴールを決めるサッカーだ。
監督は誰でも自分だけのサッカー哲学を持っている。
成功と失敗を経験して固まった所信や知恵が哲学ならば、ユン・ジョンファン監督の哲学はサガン鳥栖での成功によって作られた結果と言える。

だが成功を経験した監督は罠にはまりやすい。
常にチームでの成功の記憶から新たな出発をしようとするからだ。
シュティーリケ監督は「私の考えを選手に強要するより、選手の特性を活かすプレーをする」と言った。
色を出すためには、自分が描いた下絵に選手を固定化させなければならない。
長い期間精魂を込めれば組織力で光を放つ。
ほとんどの成功した監督が見せる指導力である。
だが名将と呼ばれる監督は、優れた柔軟性を見せる。
下絵は描くが選手個人の特性を上塗りできる柔軟さだ。
選手を見て描く下絵と、選手を通して合わせた下絵は結果が異なる他ない。

選手を通して合わせる水準であれば、運がなければならない。
自分のスタイルと合ったチームを引き受けたときだけ成績を出せるという意味である。
ユン・ジョンファン監督は今の難局をどう突破するだろうか?
確かなのは、成功でも失敗でも蔚山での経験は、ユン・ジョンファン監督に指導者としての深みを加えることができる良い機会だということだ。
サガン鳥栖のユン・ジョンファンを捨てることができるからだ。


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