Jリーグの生き方:オ・ジェソク「死ぬまで加地のことを忘れられない」、チョン・ウヨン「日本の人々は性格が私たちとは逆」」の続き





※一部要約

ジェソク:どうやって主将になったのか?それが一番気になる。

ウヨン:知っての通り今シーズン前、柏にいたネルシーニョ監督が新たに来た。ブラジル人なのでまず日本人と外国人を見る視線に差がなかったようだ。監督の目にはすべての選手が外国人で。とりあえず言葉に問題がないことを高く評価された。面談をしようと私を呼んで直接話した。「去年相手にして監督として君に注目していた。私は君を良い選手だと評価していた。印象深かった」と。神戸に来て主将を誰にするか悩んだが、冬季練習を2週間くらいして観察すると、私が選手とたくさん話していて、運動に臨む姿勢も良かったと。外国人だがチームメイトと意思疎通に問題がないのを見て決められたそうだ。私も驚いた。外国人じゃなければどうしても主将選任は難しかったのではないだろうか?

ジェソク:可能性は十分あったのだろう。選手の評価が最も正確じゃないか。過去3-4年のJリーグでプレーした選手で最も認められている韓国人選手はウヨンと(キム・)ミヌだから。ガンバの選手に君の年齢を言うと驚く。サッカーをまるでベテランのようにすると。忍耐強いウヨンなら主将は可能だと思った。韓国人が主将をするのは満たされたし、私も自然とモチベーションになった。私ですか?(笑)遠藤さんがいる限り絶対にないし、キャリアも不足している。想像するだけでやめました。

ウヨン:私が主将を引き受けて反対する人はいなかった。ありがたいことにみんな認めてくれたのだろう。主将をやらなければならなくなったとき、最も心配したのがイベントの参加だ。性格的に大勢の人の前に出て代表として喋るのができないだろう。サッカー的なことより他のことの方がさらに心配だった。Jリーグは選手が参加するイベントがすごく多くて、そこに出て行くといつも主将が一言しなければならない。日本語で話すこともできるが、公式の席では韓国語で話して通訳が日本語で話す。それは私がクラブに要請した部分だ。

ジェソク:神戸は選手同士で会食をかなりすると聞いた。ホン(・ミョンボ)監督様にも聞いたが、柏時代に選手同士で本当にかなりやったと言ってた。本人のアイデアなのか?ガンバは年に2回程度でそれ以外はしないが、それも望まなければ行かなくても構わないし。

ウヨン:私のアイデアではない。大丈夫そうだったが簡単なことじゃない。1ヶ月前にあらかじめスケジュールを伝えて、日程を空けてほしいと。2月、3月、4月に1回ずつ食べた。費用は罰金からで、それで足りなければ選手たちが出す。主将だからさらに支払うということもない。もちろんA契約選手が多目に出すことはする。マルキーニョスは来ない。休日は必ず家族と過ごさなければならないというのがこの選手の原則だ。無理に来させることはない。他の選手は何か大事なことがない限りは来る。私以外の外国人選手はブラジル選手だが、わざわざブラジルレストランでやるような配慮もしない。

ジェソク:遠藤さんは主将だが特に何かするということはしない。みんなが主将だというのが遠藤さんの哲学だ。実際にサッカーが一番上手くて、それが主将を信じて従う原動力のようだ。

ウヨン:そうだ。主将はグラウンド外ではなく内で一番上手くやらなければならない。失点しても動揺しては駄目で、グラウンドでの影響力が最も重要だろう。


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ジェソク:韓国人主将として良い影響力を発揮して欲しい。ホン監督様も柏で主将を引き受けてチームを一段階引き上げて良い評価を受けたじゃないか。今私が他のチームをどうこう言う状況ではないが、カップ大会でも優勝するのを応援するから(笑)。

ウヨン:私も韓国人が主将を引き受けてチームが悪くなったという話は絶対に聞きたくない。私たちがナビスコカップを取るよ。ガンバが譲ってくれたら可能性はさらに上がるだろう。

ジェソク:今シーズンはトーナメントで神戸がやりそう。

ウヨン:ネルシーニョ監督は勝負師だ。一緒にやっていて感じるが、勝つ方法を知っている監督だ。日本は選手の監督に対する尊敬心がそんなに多くない。だがネルシーニョ監督が来てからあまり経ってないが、すでに選手の尊敬心が強い。選手団を掌握できる監督なので、柏であれだけの足跡を残したのだと思う。

ジェソン:ガンバもネルシーニョ監督がいたときは柏にちゃんと勝ったことがない。すごい監督だ。


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ウヨン:私はプロに来て優勝経験がないだろう。君は1年で3回したのか?プロで優勝したらどんな感興なんだ?

ジェソン:率直に優勝したとき鳥肌が立ったとか、そういうのはなかった。去年はチームが序盤に上手く行かなかったが、弾みがついてから12連勝した。一度流れに乗れば止められなかった。最初の優勝がナビスコカップだったが、これは2013年の厳しい頃を思い出して胸が一杯になった。次の優勝はむしろ単純になったみたいだ。流れに乗ること、それが優勝するチームとできないチームの最大の差だ。

ウヨン:去年は本当にジェソクがガンバの中心だった。

ジェソク:一昨年に5試合プレーした人間が去年は40試合プレーしたから。

ウヨン:済州でプレーしていたペドロが今は私たちのチームにいる。去年はジェソクに阻まれて完全にやられていた。ガンバのことは考えるのも嫌だ。関西ダービーで実際に私たちはかなり押されていた。特に去年は会えば完全に制圧されて・・・5回やってガンバが4勝1分けを記録した。1位にもなって前半期は3位で終えたのに、重要なときにガンバに負けた。

ジェソク:私たちはそのとき16位だった。ウヨンがお前たちはまた1年でJ2に行くんじゃないのかと言ったが、その後私たちは優勝して神戸は11位で終えた(笑)。


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ウヨン:名門チームは確かに勝利のDNAがあるようだ。ネルシーニョ監督がいつも私たちは勝利のDNAを体内に持たなければならないと強調する。その経験の差が確かにあった。厳しい時期を克服する方法、それが強いチームと弱いチームを分けるようだ。

ジェソク:去年のナビスコカップ決勝戦がそうだった。広島に0-2で負けていたが3-2で逆転勝ちした。負けていても負けそうだという気持ちにならなかった。1点差に追いついて、結局同点にしてからひっくり返した。そういうパターンがかなり多い。

ウヨン:逆に私たちは前半期に1位にもなったし、3位というなかなか良い成績で後半期に入ったが、安達監督の性格が良くて、あれこれ不満をすべて受け入れると崩れ始めた。私は外国人選手で介入できない状況だったが、最終的に日本選手とブラジル選手の間で隔たりが広がり始めた。それが発端となって監督と選手の間でも隔たりが広がって。ときには監督よりマルキーニョスが上にいるという感じも受けたから。監督がどんな方法でもコントロールできなければ、チームが崩れるのはあっという間だ。

ジェソク:私たちは遠藤・今野という技量と経験どちらも優れている特級選手が中央でしっかり踏ん張ってくれるから。代表も5人で。長谷川健太監督がすごく几帳面で。選手自身も分かってて上手くやっているが、健太監督が絶妙にコントロールしている。重要な瞬間には選手の個人能力が威力を発揮する。神戸のように、団結してこそ生きられるチームが瓦解したら大変なことになるだろう。

ウヨン:前半期はペドロとマルキーニョスの個人能力で克服していたが、強豪チームがチャンピオンズリーグを終えてリーグに集中し始めると、後半期には差が広がった。一度落ち始めたら何をしても駄目で。連敗中にサガン鳥栖と会って1-0で勝っていたが、88分に同点ゴールを決められて、追加時間には逆転ゴールを取られて負けた。その後は完全に崩れただろう。

ジェソク:私が江原にいたときがそうだった(笑)。ベテランが必要なのはそのときだろう。監督がどんな術を使ってもできないことを、ベテランの一言やグラウンドでの行動一つで変えることができれば。神戸にはそういう選手がいないから。だからウヨン、お前が上手くやらなければならない。君は20代半ばで考えやプレーはベテランじゃないか。


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Q.チョン・ウヨン選手はとりあえず神戸で成果を出すのが当面の目標なのでしょうか?

ウヨン:ネルシーニョ監督は性格的に、自分が信頼している選手でも振るわないときは一度外すそうです。主将だから毎試合出られるとは思ってません。私は今でも初めて日本に来たときのような気持ちで練習に臨んでいます。そしてJリーグだけで止まるつもりはありません。もっと大きな夢があるので、ここで主将をして認められても安住するつもりはありません。もっと大きな目標に向かっていかなければなりません。ヨーロッパです。若い頃からの夢です。簡単ではないだろうが、最終目標と考えています。


Q.オ・ジェソク選手の夢はどこに合わせているのですか?

ジェソク:漠然とした夢だったが、去年ヨーロッパのチームから関心を集めました。思ったよりJリーグを見ている目が多かったんですよ。ここで大きな成功をおさめることは、確かに価値があるということを知ることになりました。自分には関係ないと思っていたヨーロッパ進出が現実になったと思います。手を伸ばせば触れる位置まで来たようです。なので他人の成功に嫉妬せず、厳しい状況を勝ち抜いて我が物にしようと決意することになりました。また挑戦します。


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インタビューを終えた後、道頓堀の名物であるグリコの前に立った両選手から感じられたのは自信、そして止まらない疾走だった。
20代始めの年齢で身を持って他国で得た教訓は、今後の残り長い人生の指針書となるだろう。
生存に満足せず挑戦を夢見る両選手が、明日も走って行くだろうと信じて疑わない。



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