蔚山の増田「ホームシック?韓国を離れたくなかった」
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※一部要約

─"ガッスダ(※ゴッド+増田)"に会えて非常に嬉しい。

私も嬉しい。
ところで"ガッスダ"とは何ですか。


─あなたのプレーが神のようだと言ってファンが付けたニックネームだ。知らなかったか。

まったく知りませんでした。
すごくもない私を神と表現してくれて身の置き所が分からない。
私が神なら蔚山には神よりもさらに偉大な選手が多い。
私じゃなくても良い選手が多いからだ。


─本当に謙虚だ。"極嫌"と呼ばれる私としては、そんな謙遜が羨ましい。最近の体の状態はどうなのか。

負傷もなくコンディションも良い。
ソウルとの復帰戦を行い、事実特別な感情がなかった。
ただ普通の試合と変わらない試合だったと思った。
だが実際に試合が終わった後で"そうだ。私はこんな雰囲気がすごく懐かしかった"という気がした。
1年ぶりに蔚山に戻ってきて、このように試合をすることができてすごく嬉しい。
蔚山が本当に懐かしかった。


─君は、復帰した後すごく"キモチ"に見える。

そういう言葉はどこで学んだのか。(※おそらくA○の「キモチイイ」から)
とにかく再び優勝に挑戦できて気持ちが良いのは事実だ。


─復帰戦だったソウルとの試合が本当に印象的だった。多くに人々がなぜあなたを待っていたのか知ることができた試合だった。

私はただ自分の役割を忠実に熱心にやっただけだ。


─蔚山にチアリーダーのキム・ヨンジョンが招聘されて、より頑張ったのではないか。

初めて聞いた話だ。
ところで私はよく知らないのだが、韓国選手はその消息を聞いてもっと力を出したんじゃないだろうか。
私も今後は競技場に入る前に彼女が誰なのか一度探してみる。


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─たぶん今日もネイトのニュースであなたのインタビュー記事を見ると、彼女の記事の方が高い順位にあるかもしれない。よく探してみてくれ。ところで昨シーズン、あなたを起用せずに日本へ送ったチョ・ミングク監督に残念な感情もあるだろう。

率直に良くない感情はまったくない。
昨シーズン私が試合に出られなかったのは、自分がグラウンドに立つ準備ができてなかったからだ。
まだ体の状態が完璧じゃなかった私のせいだ。
誰かに責任を転嫁するほどの状況じゃなかった。
私を起用せずにチームから出したとしても、チョ・ミングク監督を恨んだことはない。


─もしあなたをよく知っていたキム・ホゴン監督がずっとチームを引き受けていたら、それでももう少し信じて待ってたのではないだろうか。

それは違う。
キム・ホゴン監督も体の状態が良くない選手は使わない原則主義者の監督だ。
おそらくキム・ホゴン監督やチョ・ミングク監督じゃなくどの監督であっても、昨シーズンの私を試合に送り出しはしなかったと思う。
それだけ私は準備ができてなかった。


─あなたが日本に帰った理由がホームシックだからという話もある。

その話は事実じゃない。
むしろ私は韓国に残りたかったし、日本に帰りたいという気持ちはまったくなかった。
私は早くコンディションを上げて、蔚山で再び優勝に挑戦してみたかった。
だが私の意思とは関係なく色んな話が出てきた結果、結局日本に帰ることになった。
一日二日で決まったことだった。
ホームシックではなかった。


─なんと、日本に帰る心の準備がまったくできてない状況だったみたいだ。

荷物もすべて蔚山に置いて日本に行った。
すべてのことが急に決まったためだ。
少しの間大宮のクラブに行って契約だけして、また蔚山に戻って整理をする時間を作って、服も一週間分だけをまとめて日本に行った。
ところが大宮側は、シーズンが始まるとすぐにチームに合流してプレーすることを望んだ。
実際に大宮に行ってみると、蔚山に戻って荷物をまとめる状況ではなかった。
なので結局荷物をそのまま蔚山に置いたまま、一週間分の服だけを持って日本での生活を始めた。
日本に帰っても蔚山ファンとの別れが気まずかった。
蔚山に残るべきなのに、日本に帰ることになってかなり後悔した。


─日本でも蔚山のニュースを確認していたか。

ホームページでいつも蔚山のニュースを調べていた。
試合の映像は見られなかったが、結果くらいは毎週確認していた。
昨シーズンの蔚山の成績は良くなかったが、映像を確認できないので競技力がどうだったのかはよく分からない。
蔚山が勝てば自分が勝ったかのように気分が良かったが、あまりそんなに気分が良くなることはなかった。


─また蔚山に戻ってくると誓ったのもそのときだったのか。

いや。
また蔚山に戻れるとはまったく考えられなかった。
私は近い将来にだけ集中する忠実なスタイルだ。
"来年はどのチームでプレーしようか"という考えはしないので、残念だがまた蔚山に復帰できるとは考えられなかった。


─分かった。もう大変だった過去の話はやめよう。"ヤメテ"だ。(※これもおそらくA○から)

ありがとう。


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─鹿島アントラーズでプレーしていた当時、ユン・ジョンファン監督が指揮するサガン鳥栖から獲得オファーを受けたが断ったと聞いた。ユン・ジョンファン監督がすごく嫌だったのか。

2013年の蔚山に来る直前だった。
代理人を通じてサガン鳥栖をはじめとするJリーグのいくつかのクラブから関心があるという話を聞いて、サガン鳥栖側からは直接出てきて電話で話したいと言った。
だが電話は丁重に断った。
獲得オファーを受けたので、そちらの意思が何なのかは話さなくても十分分かると思った。
直接電話をして話を交わす理由はなかった。
ユン・ジョンファン監督が嫌だからとかそういうのではなかったし、私は新たな舞台で挑戦してみたかった。
それで選んだのが蔚山なので、ここで再びユン・ジョンファン監督と会うとは思わなかった。


─Kリーグを選ぶ日本選手はそんなに多くない。さらに日本代表まで経験したあなたがKリーグに来ることになったのはすごく意外だ。

私は変化を望んでいたし、新しいリーグに行けば最も変化が大きいと思った。
しばらくレンタルで離れたりしたが、鹿島だけで8年プレーしたので何か新しい環境が必要だった。
実際、もっと良い条件を提示したJリーグクラブはいくつもあったが、ACLで優勝まで経験した蔚山で再び始めてみたかった。
なので韓国を選ぶことになった。


(※続く



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