ソウル、"2032年夏季オリンピック"国内誘致都市に選定…「歴史性、経済性でソウルをリード」
エムスプルニュース




※一部要約

ソウル市が"2032年夏季オリンピック"の国内誘致都市に得ればれた。

2月11日、忠清北道鎮川の国家代表選手村で行われた大韓体育会代議員総会で、ソウルが釜山を下して"2032年夏季オリンピック国内誘致都市"に選ばれた。
無記名投票で行われた誘致戦で、ソウルは全体49票のうち過半数の24票以上を取った。

ソウル市は去年すでに「2032年の南北オリンピック同時開・閉幕式を行う」と発表していた。
釜山市は1月28日に市議本会議で"2032年夏季オリンピック大会釜山・平壌共同開催誘致同意案"を採択し、一歩遅れて誘致戦に飛び込んだ。

ソウルが国内誘致都市に選ばれたが、2032年のソウル・平壌夏季オリンピックが確定したわけではない。
南北韓国の他に中国、オーストラリア、ドイツなども夏季オリンピックの誘致に関心を見せていることがわかった。

文化体育観光部は15日にスイス・ローザンヌのIOC本部を訪れ、2032年の夏季オリンピック共同誘致の意向書を渡す予定だ。



[インタビュー] "ガンバ入団"キム・ヨングォン、「Jリーグ優勝、ACL進出が目標」
スポータルコリア




※一部要約

ガンバ大阪の日本J1リーグ優勝、ACL進出、そしてJリーグ最高DF。
韓国サッカーの守備の"キング"からガンバ大阪の守備の"キング"に変身する。

キム・ヨングォンは1月、中国の広州恒大を去ってガンバに移籍した。
キム・ヨングォンは広州の主戦DFとして活躍していたが、外国人選手が3人しか出場できない中国スーパーリーグの規定により、出場機会が減少していた。

この状況が続けばキム・ヨングォンの被害はさらに大きくなるしかなかった。
なので彼は2018ロシアワールドカップを終えた後に移籍を模索した。
そしてキム・ヨングォンはガンバのオファーを受け入れて移籍した。
2010年から2012年夏までFC東京、大宮アルディージャで活躍していた彼としては、約7年ぶりのJリーグ復帰だった。

キム・ヨングォンは4日からガンバのチーム練習に参加した。
現在、チーム適応中のキム・ヨングォンは23日、ホーム競技場であるパナソニックスタジアム吹田で横浜F.マリノスを相手にJ1リーグ開幕戦を行う。



KFA、B.ミュンヘン・ベルギー・クロアチアと幼少年サッカー発展のために協力
スターニュース




※一部要約

大韓サッカー協会が幼少年サッカー発展のため、ヨーロッパの先進サッカーと手を握った。

大韓サッカー協会は11日、「ヨーロッパサッカーの強国ベルギーとクロアチアのサッカー協会および、バイエルン・ミュンヘンとチーム運営と幼少年育成システムについて業務協約(MOU)を締結した」と明かした。

大韓サッカー協会は最近10年間で競争力のある選手を輩出してFIFAランキング1位まで上がったベルギーと、効率的な代表運営でロシアワールドカップ準優勝を成し遂げたクロアチアの優秀なユースシステムを研究し、細部計画を樹立する予定である。

またヨーロッパ最高のクラブの一つであるバイエルン・ミュンヘンのクラブ運営システムを見て回り、今後韓国選手や指導者が研修を受けられる基盤を用意した。
KFAがプロクラブと業務協約を結んだのは今回が初めてである。

バイエルン・ミュンヘンのCEOであるカール・ハインツ・ルンメニゲは「韓国の若い選手の才能は優れている。端的な例が、我がクラブでプレーしているチョン・ウヨン」として、「今回の協約を通じてKFAの幼少年政策を支援し、ともに成功を築いていきたい」という旨を明かした。



[バンコクインタビュー] ソン・ジュフン、「慶南、簡単には崩れないチームだと感じた」
スポータルコリア




※一部要約

「日本で慶南FCの試合を見た。簡単には崩れないチームだと感じられた」

ソン・ジュフンが韓国で新たな挑戦に出る。
これまで日本Jリーグだけで活躍していた彼は、初めてのKリーグチームに慶南を選んだ。
理由は明確だった。
慶南の色に魅了され、慶南から提示されたビジョンが響いた。
簡単には崩れないチーム。
これはソン・ジュフンが夢見ていたチームと一致していた。

ソン・ジュフンは現在(※1月の記事)、タイ・バンコクで慶南とともに新シーズンを準備中である。
ソン・ジュフンは「慶南に9日に合流した。2週くらい時間が過ぎた。まず同じ言語を使うのがすごく良い。練習はこれまでやってきたのと違うが、兄たちと楽しく過ごしている」と慶南での生活を伝えた。

ソン・ジュフンは2014年に日本J1リーグのアルビレックス新潟でプロ生活の第一歩を踏んだ。
容易ではない道だった。
デビューシーズンに6試合しか出場できず、翌年J2リーグの水戸ホーリーホックにレンタルで離れた。
水戸で競技力を積んでから2017年に再び新潟に復帰、昨シーズンまで主戦選手として大活躍した。

韓国での初めてのプロ生活なので、ぎこちないのは当然だった。
ソン・ジュフンは「Jリーグと比べて練習量が違う。どうしても慶南の強度が高い。だがそういう部分から精神力が出るようだ。苦しい状況で出る力だ。日本での練習も大変だったが、限界を克服したり、乗り越えようとするレベルまでではなかった」と慶南とJリーグチームの違いを論じた。



増田はチームとともに"背水の陣"を敷いた
ベストイレブン




※一部要約

増田が帰ってきた。
実力と人性と誠実さを備えた姿でKリーグファンの愛をたっぷりと受けていた増田が、ソウルイーランドFCのユニフォームを着て帰ってきた。
いつの間にか34歳になった増田の目標は明確だ。
"Kリーグ2優勝"。
前年度のリーグ最下位クラブが設定しにくいその目標を、益田は堂々と口にした。
彼の覚悟は目標と同じく気丈で固い。
また切迫している。

増田と会ったところは、ソウルイーランドの選手が宿泊しているホテルのロビーの閑静な場所だった。
彼はやや疲れているように見えた。
日程がギリギリでやむを得ず深夜に行われたのだが、そのため身体のリズムを重視する増田にとっては、疲れる時間帯だったためである。
それにもかかわらず増田はプロらしい姿をずっと維持していた。
疲労の素振りは隠し、浅い微笑みとともに落ち着いて対話を続けた。

彼に投げかけた最初の質問はやはり、"なぜKリーグに帰ってきたのか"だった。
増田は短く明瞭な返事を伝えた。
「ソウルイーランドから提示されたビジョンより、自分で判断した。優勝のためにここに来た」



Page Top

ブログパーツ アクセスランキング