[SPOトーク] "カゲロウ"クォン・スンテはプレーしてまたプレーしたい
スポTVニュース




※一部要約

日数を数えたら丸120日ぶりだ。
鹿島アントラーズのGKクォン・スンテの出場記録は去年10月の天皇杯全日本サッカー選手権準々決勝から4ヶ月で再び記された。

32。
日本Jリーグの舞台を踏んだクォン・スンテは負傷の余波で12試合のプレーに終わった。
彼の言葉を借りれば「丸ごと飛ばした」というシーズンである。
そしてもう33。
いつの間にか海外で2シーズン目を迎えた彼は、グラウンドに立ちたいと繰り返し言った。

クォン・スンテは21日、水原ワールドカップ競技場で2018シーズン初出場の機会を掴んだ。
そして遠征で勝利を呼び込んだ。
鹿島は2018シーズンのAFCチャンピオンズリーグH組2次戦で水原三星を2-1で下してグループ1位に跳躍した。

「今日は楽に寝られそうだ」という彼の声からはどんどん力が溢れていた。
クォン・スンテにとって昨シーズンは自らを鞭打つ薬となった・。

「昨シーズンを丸ごと飛ばして、言葉にはしなかったが(自分に)腹が立ちました。(負傷という)やむを得ない状況だったが、それも自分が間違っていたからそういう状況になったのだから。今年はそういう状況を作りたくないし、かなり準備していてチームもかなり助けてくれます」



ACLで脂汗のJリーグ、去年のKリーグとそっくり
蹴球ジャーナル




※一部要約

去年のKリーグチームを見ているようだ。
今シーズンのACLで苦戦するJリーグのことである。

Jリーグ-代表の4チームが並んでACLグループリーグ2ラウンドを終えた。
韓国人のユン・ジョンファン監督が率いるセレッソ大阪、鹿島アントラーズのスタートは悪くない。
だが川崎フロンターレ、柏レイソルはまだ勝利を申告できてない。

去年、Jリーグは久しぶりにアジア舞台で肩を張った。
4チーム中3チームがグループリーグを突破し、2チームが8強まで上がった。
そして浦和レッズが2007年の優勝から10年ぶりに頂上を奪還した。
日本チームがアジアを征服したのは2008年のガンバ大阪から9年ぶりだった。

今年は力が落ちたとみられる。
浦和の空席が大きい。
去年ACLに集中した浦和は、Jリーグ7位に終わって今年のACL進出権を逃した。
川崎は上海上港戦(0-1)に続いて20日の蔚山現代戦(1-2)でも敗れて自尊心をしわくちゃにした。



[ACL現場レビュー] "チョン・ジェヨン落雷ゴール"蔚山、川崎に2-1勝ち…F組首位跳躍
スポータルコリア

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※一部要約

蔚山現代がホームで貴重な勝ち点3を手にした。
チョン・ジェヨンとイ・ヨンジェが並んで得点し、蔚山勝利の青い鳥になった。

蔚山は20日、蔚山文殊競技場で行われた2018AFCチャンピオンズリーグF組2次戦の川崎フロンターレ戦に2-1で勝利した。
蔚山はオーストラリア遠征での引き分けに続いて2試合無敗でF組首位に上がった。
まだ上海上港とメルボルン・ヴィクトリーの試合が終わってない中での結果である。


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開幕目前のJリーグ、40歳以上の選手が10人を超える
蹴球ジャーナル




※一部要約

Jリーグが開幕を目前にしている中、今シーズンに満40歳以上の選手が10人以上であることがわかった。

日本プロサッカーは23日のサガン鳥栖とヴィッセル神戸のJ1開幕戦をはじめとしてJ2は25日、J3は来月9日にスタートする。
1993年にスタートしたJリーグは今年25周年を迎えた。
サッカー専門メディア<ゴールドットコム>日本版は、Jリーグ元年から今まで選手生活を続けている選手2人を含む、今シーズンの最高齢選手1~10位を最近紹介した。

1~2位は1990年代に代表の韓日戦で活躍し、韓国ファンにもよく知られている三浦知良と中山雅史である。
1967年生まれの同い年のFWで三浦は2月26日、中山は9月23日が誕生日である。
今シーズンに三浦はJ2横浜FC、中山はJ3のアスルクラロ沼津でプレーする。

三浦は1986年にブラジルリーグでプロデビューして約5年間活躍した後、日本に戻ってヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)でプレーしてJリーグ元年のMVPに選ばれた。
その後イタリアやクロアチアなどの海外リーグを経て、2005年から再び日本で活躍中である。
特に去年3月12日のザスパクサツ群馬戦で満50歳14日の年齢でゴールを決め、最近に最高齢プロリーグ得点選手としてギネスブックに名前を上げた。

中山は1993年当時に実業リーグでプレーしていてJリーグ元年の舞台で走れなかったが、翌年に所属チームのジュビロ磐田がプロチームに切り替わって本格的に活躍した。
1998年にMVPと得点王を席巻するなど、最高のFWとして名前を轟かせて2012年に引退した。
2015年に実業チームの沼津に入団して選手生活を再開し、翌年J3に合流して再びプロになった。
だが2016年から公式戦の出場記録はない。



村井チェアマン、Jリーグ外国籍選手OB会設立を明言。ジーコ会長、1200人超が対象

 節目のリーグ開幕25周年を迎えるにあたり、挨拶に立った村井満チェアマンは「この25年間Jリーグを牽引してきたのは、Jリーグのビジョンだと考えています」と述べる。そのビジョンとは「日本サッカーの水準の向上」「地域社会における豊かなスポーツ文化の振興」「国際社会への貢献、交流」の3つである。

 その中でも特に「国際社会への貢献、交流」において、村井チェアマンは「この25年間でJリーグに来た外国籍選手が1200人を超えております」と明かし、外国籍選手のOB会を組織するプランを明かした。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180215-00256310-footballc-socc




Jリーグ"歴代外国人選手の会"組織の理由は
蹴球ジャーナル




※一部要約

パク・ジェリムのJリーグアンテナ

発足25周年を迎えたJリーグが意味のある事業を始めた。
過去に日本でプレーした外国人選手の"OB会"の結成だ。

日本メディア<フットボールチャネル>によると、村井満Jリーグ議長は15日のJリーグ開幕記者会見で、歴代の外国人選手と協力を推進中だと明かした。

1993年に発足したJリーグはコインブラ・ジーコ、カルロス・ドゥンガ、ギャリー・リネカー、ミカエル・ラウドルップ、ドラガン・ストイコビッチら世界的スタープレーヤーが活躍するなど、去年までに約1200人の外国人選手が日本の舞台で走った。

外国人OB会の結成は単なる"思い出の喚起"に終わらない。
Jリーグ広報大使で優れた外国人選手を日本に呼び込む役割も果たすとみられる。
Jリーグでプレーし、引退後にサッカー界の様々な方面で働く彼らの人脈を活用するという意味である。



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