[バンコクインタビュー] ソン・ジュフン、「慶南、簡単には崩れないチームだと感じた」
スポータルコリア




※一部要約

「日本で慶南FCの試合を見た。簡単には崩れないチームだと感じられた」

ソン・ジュフンが韓国で新たな挑戦に出る。
これまで日本Jリーグだけで活躍していた彼は、初めてのKリーグチームに慶南を選んだ。
理由は明確だった。
慶南の色に魅了され、慶南から提示されたビジョンが響いた。
簡単には崩れないチーム。
これはソン・ジュフンが夢見ていたチームと一致していた。

ソン・ジュフンは現在(※1月の記事)、タイ・バンコクで慶南とともに新シーズンを準備中である。
ソン・ジュフンは「慶南に9日に合流した。2週くらい時間が過ぎた。まず同じ言語を使うのがすごく良い。練習はこれまでやってきたのと違うが、兄たちと楽しく過ごしている」と慶南での生活を伝えた。

ソン・ジュフンは2014年に日本J1リーグのアルビレックス新潟でプロ生活の第一歩を踏んだ。
容易ではない道だった。
デビューシーズンに6試合しか出場できず、翌年J2リーグの水戸ホーリーホックにレンタルで離れた。
水戸で競技力を積んでから2017年に再び新潟に復帰、昨シーズンまで主戦選手として大活躍した。

韓国での初めてのプロ生活なので、ぎこちないのは当然だった。
ソン・ジュフンは「Jリーグと比べて練習量が違う。どうしても慶南の強度が高い。だがそういう部分から精神力が出るようだ。苦しい状況で出る力だ。日本での練習も大変だったが、限界を克服したり、乗り越えようとするレベルまでではなかった」と慶南とJリーグチームの違いを論じた。



増田はチームとともに"背水の陣"を敷いた
ベストイレブン




※一部要約

増田が帰ってきた。
実力と人性と誠実さを備えた姿でKリーグファンの愛をたっぷりと受けていた増田が、ソウルイーランドFCのユニフォームを着て帰ってきた。
いつの間にか34歳になった増田の目標は明確だ。
"Kリーグ2優勝"。
前年度のリーグ最下位クラブが設定しにくいその目標を、益田は堂々と口にした。
彼の覚悟は目標と同じく気丈で固い。
また切迫している。

増田と会ったところは、ソウルイーランドの選手が宿泊しているホテルのロビーの閑静な場所だった。
彼はやや疲れているように見えた。
日程がギリギリでやむを得ず深夜に行われたのだが、そのため身体のリズムを重視する増田にとっては、疲れる時間帯だったためである。
それにもかかわらず増田はプロらしい姿をずっと維持していた。
疲労の素振りは隠し、浅い微笑みとともに落ち着いて対話を続けた。

彼に投げかけた最初の質問はやはり、"なぜKリーグに帰ってきたのか"だった。
増田は短く明瞭な返事を伝えた。
「ソウルイーランドから提示されたビジョンより、自分で判断した。優勝のためにここに来た」



[単独] "ベトナムのメッシ"コン・フオン、仁川レンタル確定"Kリーグ入り"
スポーツ朝鮮




※一部要約

"ベトナムのメッシ"グエン・コン・フオン(24、ホアンアイン・ザライ)がKリーグの舞台を走る。

7日、Kリーグの移籍市場に詳しい関係者によると、「コン・フオンと仁川の交渉が仕上げの段階だ。近い内に発表があるだろう」と語った。
コン・フオンのエージェントである・ドンジュンDJマネジメント代表は「仁川がコン・フオンのレンタル獲得を推進している」として、「両クラブは合意を済ませ、契約書のサインだけが残っている。就労ビザが発行され次第入国し、来週中に入団式をする予定」と確認した。

2016年に仁川、2017年に江原にレンタルで獲得したMFチュオンに続いて二人目のベトナム出身Kリーガーの誕生である。

コン・フオンはパク・ハソン監督が率いるベトナムサッカー代表の看板FWで、"ベトナムのメッシ"というあだ名で呼ばれるベトナム最高のサッカースターだ。
去年の23歳以下チャンピオンシップ準優勝の核心メンバーとして活躍した後、去年末にAFFスズキカップ優勝を導き、先月のUAEアジアカップでも5試合に出て2ゴールを炸裂させ8強行きに貢献した。

コン・フオンはアジアカップ後にアジアのビッグクラブ移籍を推進した。
彼はあるインタビューで「来シーズンの目標は韓国や日本などの舞台に出ていくこと」と語った。
コン・フオンは2016年にJリーグ2の水戸ホーリーホックでレンタル生活をした経験がある。
タイの名門ブリーラム・ユナイテッドなどとリンクされていたコン・フオンは、仁川の手を握った。
仁川は可能性を備えている水準級のFWをアジアクォーターの席に加えた。



"新たな出発"キム・ミンヒョク、「ドング兄さんはトーレスより優れている」
OSEN




※一部要約

「トーレスよりドング兄さんのほうが優れているようです」

日本Jリーグのサガン鳥栖で愛を受けていたキム・ミンヒョクは、Kリーグ1最高の全北現代に移籍した。
CBキム・ミンジェの移籍に備えて代表出身のキム・ミンヒョクが選択を受けた。

サガン鳥栖時代にキム・ミンヒョクは日本選手を圧倒する体格と強靭な精神力を基に、多くの愛を受けていた。
チームが最高の座に上がったわけではなかったが、キム・ミンヒョクは外国人選手でも自分の役割を十分に果たした。

2014年のサガン鳥栖入団から5年の生活を整理し、全北の冬季キャンプが行われている日本・指宿で会ったキム・ミンヒョクは「日本の小都市で小さなクラブにいたのだが、Kリーグ最高クラブに移籍したので考える余裕もない。まだ完璧に適応したわけではない。早く適応してコーチングスタッフと同僚、そしてファンに認められるよう努力する」と覚悟を明かした。



[現場インタビュー] "Kリーグは初めて"のキム・ミンヒョク「全北のオファーを聞いて悩まなかった…トロフィーが欲しい」
スポーツソウル




※一部要約

「全北が私を欲しがっているという消息を聞いて悩まなかった」

キム・ミンヒョクは全北現代の新たなCBである。
キム・ミンジェやホン・ジョンホら主要選手の離脱で生まれた守備の空白を埋める資源だ。
キム・ミンジェはKリーグが初めてである。
2014年に日本Jリーグのサガン鳥栖でプロデビューし、5シーズン活躍した。
国内ではまだ馴染みの薄い選手だ。
キム・ミンヒョクは身長187センチ体重73キロのガッシリとした身体条件を基に、タフな守備が長所の選手である。
2019年に全北での活躍が期待されるDFの1人だ。

8日、日本鹿児島への出国を前に仁川空港で会ったキム・ミンヒョクは、「チームにまだ適応できてない。国内チームは初めてで馴染みが薄い。それでも兄たちが上手くやってくれている。仁川アジア大会のメンバーだった(ソン・)ジュノ、(キム・)シヌク兄さんらと上手く過ごしている。韓国語で気楽に話ができて楽しい。少ししか経ってないがよく来たという気がする」という所感を語った。

プロ選手としては中堅だが、キム・ミンヒョクはKリーグの新人である。
韓国でのプロキャリアを全北という"1強"から始めることになった。
キム・ミンヒョクは「Kリーグはずっと経験したかった。Kリーグは初めてなのに、このように優れたチームに入ってきて光栄だ。全北が私を欲しがっているという消息を聞いて悩まなかった。考えることがなかった。そのまま行くべきだと思った。条件より全北というチームそのものに惹かれた。もっと良い選手になるチャンスを掴んだようだ。このチームで成長したい」と明かした。



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