イ・チョンヨンの同僚サコ、"ドラゴンボールZ"サッカーシューズを履いて試合
フットボールリスト




※一部要約

イ・チョンヨンの同僚バカリ・サコが日本漫画"ドラゴンボールZ"のサッカーシューズを履いて試合に出た。

サコは16日、サウサンプトンとの"2017/2018イングリッシュプレミアリーグ"5ラウンドの試合(0-1負け)で、特別なサッカーシューズを履いてプレーした。
後半3分にルーベン・ロフタス-チークと交代したとき、日本の有名マンガである"ドラゴンボールZ"が描かれたサッカーシューズを履いていた。

彼はN社のマーキュリアルスーパーフライVを履いているが、この製品の右足と左足にそれぞれ"ドラゴンボールZ"の主人公である孫悟空とベジータが描かれていた。
孫悟空とベジータは覚醒した"超サイヤ人"状態で咆哮している。






[UEFA授賞式] "ASローマワンクラブマン"トッティ、2017UEFAプレジデントアワード受賞
スポTVニュース




※一部要約

ASローマだけでプレーした"ワンクラブマン"フランチェスコ・トッティが、UEFAの新設した"2017UEFAプレジデントアワード"を受賞した。

"2017UEFAプレジデントアワード"はクラブに貢献した選手を称える一種の功労賞である。
主人公は"ローマの王子"トッティである。
トッティは1993年に入団してから24年間活躍したレジェンドだ。
ユース時代から含めれば28年である。
トッティはローマのユニフォームを着て計748試合プレーし、301ゴール188アシストを記録した。

トッティは「光栄だ。キャリアで1つのユニフォームだけしか着ないのは私の夢だった。そしてそれを成し遂げた」と所感を明かした。



"平昌オリンピック広報大使"パク・チソン「鋭く爆発力のある広報が必要」
ニュース1




※一部要約

パク・チソンは4日、ソウル中区の韓国プレスセンター20階ナショナルプレスクラブで、イ・ヒボム平昌冬季オリンピック組織委員長から広報大使委嘱札と名刺を渡されたあと、「国内で行われる国際大会の広報大使を引き受けることになって光栄だ。2002韓日ワールドカップを通じて、スポーツがどれほど国民に大きな楽しみを与えられるか知っている。今大会の手助けをできることに感謝する。最善を尽くして広報活動をする」と語った。

続けて「私は国内に住んでなくて、放送活動をするなどの国内広報には制約がある。だが写真や映像撮影などを通じて広報活動をする。今後どれだけ国内に来れるかわからないが、機会があるたびにオリンピック関連イベントに参加する計画」と付け加えた。

サッカー的にアプローチはどのような広報戦術が必要かという質問に、パク・チソンは「サッカーのカウンターのように鋭く爆発力のある広報戦略が必要だ」として、「まだ多くの人々が冬季オリンピックについて知らないと聞いた。一度で強く認識させられる効果的な広報が繰り広げられなければならないだろう」と答えた。

冬季スポーツへの関心も示した。
パク・チソンは「冬季スポーツの中ではどれか一つを挙げるのはできないほど色んな関心がある」として、「これまで多くのメダルを取って韓国人が楽しんでいるショートトラックに、私も関心が高い」とショートトラックにまず言及した。

続けて「ヨナ選手が活躍したフィギュアスケートも楽しんで見ていたが、今回は若い選手が参加するのを見たい。最近良い姿を見せているアイスホッケー、ボブスレーなども挑戦する姿が美しい」として、「挑戦を見守ることは大きな意味があるだろう」と言った。



2年間で2兆5000億・・・中企業、なぜヨーロッパクラブを買うのか
ネイバースポーツ




※一部要約

ヨーロッパサッカーに関心の高い韓国サッカーファンならすでに知っている話である。
最近いくつかのヨーロッパ伝統の強豪が中国資本を背にして、再び名家再建に熱を上げている。
イタリア・ミラノの名門クラブであるインテル・ミラノは蘇寧スポーツが最大の株主で、ACミランも元イタリア首相のベルルスコーニが保有していた株式99.93%を中国ロッソネリスポーツに売却した。

中国プロサッカーを風靡したワンダグループはアトレティコ・マドリード、中国ホテルチェーン業界の新興強者セブンデイズグループ(7 Days Group Holdings Limited)の創業者である鄭南雁はフランス・リーグアンのニースをそれぞれ買収した。
最近の2年間で中国資本がヨーロッパの名門クラブを買収するのに投資した金額だけでも150億中国元(約2兆5000億ウォン)に達する。
だがそのような熱風が続く可能性は高くない。
その理由は何だろう?


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まず中国資本が海外クラブの買収に乗り出した背景から調べよう。
初期の中国資本の海外進出は概ねスポンサー形式で成り立っていて、実質的にクラブを買収するケースは珍しかった。
しかし2014年9月、中国国務院がスポーツ産業の発展に関する"46号文書"を発表して状況は逆転した。
中国企業は国策に支えられて積極的に海外資産の買収に乗り出し、同時に自国のスポーツ産業市場との連動を試みた。

ヨーロッパクラブの買収に必要な金額が予想より高くなかったことも、中国資本の海外進出に弾みを加えた。
イタリアやスペインのクラブは国家次元の長期的な経済不況の余波で、売却価格自体がそれほど高い方ではなかった。
企業の国際ブランド価値と認知度向上を望んでいた中国企業にとっては、海外サッカークラブの買収が好機になったわけである。
事実、中国資本が純粋にサッカーを好きでヨーロッパクラブの買収を推進したと見るのは難しい。
そこには徹底的に資本の論理が内在していた。



サッカー場"外"でサッカーを学んでいるチェ・ヨンス監督
ベストイレブン




※一部要約

6月中旬から7月末までチェ・ヨンス元江蘇蘇寧監督は、不本意にメディアで頻繁に取り上げられた。
シュティーリケ元監督の後任を探していた韓国代表の候補として議論されていたからだ。
最終的にはシン・テヨン監督が選任されたが、チェ監督はA代表監督候補に名前が挙がり、多くのスポットライトを受けた。

当時、チェ監督はA代表監督の席に関心を持っていなかった。
自分に相応しくない過分な席だと判断していたからである。
まだ自分は足りないものが多く、その場にはもっと相応しい人がいるとしてずっと遠慮していた。
それに加え、江蘇で契約期間を満了できずに途中下車したことも、チェ監督を慎重にさせた。

ところがチェ監督がA代表監督の席に積極的に挑戦しなかった本当の理由は別にある。
サッカー場"外"のサッカーを見て学びたかったからだ。

小学校のときに初めてサッカーを始めたチェ監督は、江蘇で指揮棒を手にしていた今年まで、たった一度も休んだことがない。
小中高を経て延世大学に進学したチェ監督は、休むことなくサッカー選手生活を送り、1994年にLGチータース(現FCソウル)に入団してプロサッカー選手になってからも休んだことがない。
KリーグとJリーグを行き来して忙しく生きてきた。

通常、選手の引退後に訪れる空白もチェ監督にはなかった。
チェ監督は日本Jリーグでの生活を終えて実家チームに復帰した2006年に、プレイングコーチの身分としてソウルで活躍し、その後正式なコーチに就任した。
2011年には突如ソウルの監督代行を引き受け、その後はずっとソウルと江蘇で監督として生活してずっと疾走していた。



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