4-0で同伴口笛、アジアカップで韓日戦ビッグバン?
デイリアン




※一部要約

永遠のライバルの韓国と日本が同日に並んで大勝をおさめ、勝利の賛歌を歌った。

パウロ・ベント監督が率いるサッカー代表は20日、オーストラリア・ブリスベンで行われたウズベキスタンとの親善試合に4-0で勝利した。

日本もやはり韓国よりわずか20分遅れで行われた試合で、キルギスタンをホームに呼んで一方的に固め打ちした末に4-0の勝利を記録した。

今年最後のAマッチで大勝を飾り、最高の雰囲気でアジアカップに臨むことになった両国が、本大会で真剣勝負を繰り広げるかも関心事だ。

韓国と日本が最近のアジアカップの舞台で激突したのは、2011年のオーストラリア(※カタールの間違い)大会準決勝の舞台が最後である。
当時、韓国は延長後半にファン・ジェウォンの劇的な同点ゴールで起死回生したが、PK戦で0-3で敗れた惜しい記憶がある。

2015年大会のときは韓国が結晶まで上がった反面、日本は8強でUAEに首根っこを押さえられて対決が実現しなかった。

ロシアワールドカップ以降の上り調子をアジアカップまで継続できるなら、来年1月にはUAEで8年ぶりにビッグバンが繰り広げられると期待を集めている。






田嶋日サッカー協会会長特別対談③「日本サッカー成長の秘訣、確固たる哲学のおかげ」
ジョイニュース24




※一部要約

日本サッカーは6月に行われた2018FIFAロシアワールドカップでコロンビア・セネガル・ベルギーなどの世界サッカー界で有名な名門チームと対決し、引けを取らない底力を見せた。
巨艦ベルギーを後半中盤まで2-0で激しく追い込んだ。
後半に高さを活用した攻撃で押し込んできたベルギーを制御できずに2-3で逆転負けしたが、世界サッカー界に残した印象は非常に大きかった。

このワールドカップまで残り僅かだった4月、日本は監督交代という強硬策を取ったところだった。
チームを指揮していたボスニア・ヘルツェゴビナ出身のハリルホジッチ監督を更迭し、JFA技術委員長を引き受けていた西野朗監督を選任した。
驚きの選択だった。
日本メディアでも意見が入り乱れた。
「遅いが仕方のない選択」と言う人もいたし、「監督職を退いてからだいぶ経った人」という憂慮をあらわすメディアもいた。
ともかく2ヶ月前での監督解任劇は、隣国の韓国にとっても衝撃的なニュースだった。

もちろん解任の名分はあった。
ハリルホジッチ監督とともにした日本の成績はあまりに良くなかった。
EAFF E-1カップでは韓国に1-4で大敗し、3月のウクライナ遠征では中島翔哉らの新顔を大挙抜擢して戦術的実験をし、勝利を手にすることができなかった。
香川真司や本田圭佑などのベテラン選手を外して雑音まで起こした。
日本選手が主に繰り広げてきたパスサッカーではなく、闘争的なサッカーを根付かせようとしたが、上手く行かなかった。
最終的にはこれらの複合的な理由で辞めた。

だが結果的にこの寸劇が日本サッカーを生かした。
西野監督指揮の下、日本選手は一つに堅く団結した。
特に、ハリルホジッチが残した遺産である闘争的なサッカーに、日本特有の精密なパスを結合させたサッカーで大きな利益を得た。
長友佑都と酒井宏樹が活発にサイドで動き、柴崎岳がパスコースにボールを分配した。。
乾貴士と大迫勇也が攻撃の一線で最高の役割を果たした。
予想できなかった好成績に、日本列島は熱くなった。



田嶋日サッカー協会会長特別対談②「韓国がもっと強くなってこそ私たちも成長する」
ジョイニュース24




※一部要約

韓国と日本の関係をどう説明できるだろうか。
"ライバル"だろうか。
"友人"あdろうか。
実に曖昧だ。
競争して互いに憎む間柄ではないが、それでもひたすら受け入れることはできない間の中で、韓日関係は現在に至る。

第2次世界大戦後、韓国が日本に持つ感情はとても激情的だった。
植民支配という傷がかなり深く掘られた傷跡として残ったからだ。
この傷を癒やすためにサッカーが動員された。
韓国がサッカーで日本を破るのは国家的な"ミッション"として設定された。
先に紹介した"玄界灘(大韓海峡)投身"発言も、明らかにそのような発想から始まった。

両チームの結果は明確だった。
韓国が優位に立った。
87回対決した両国だが、41勝32分け14敗で圧倒的に韓国が優勢である。
韓国ではサッカーだけは日本に当然勝つという情緒が敷かれてある。

だが2000年代以降、韓日サッカーの地勢図に変化が起きた。
韓国は日本相手に5勝7分け4敗を記録中である。
去年12月に日本で行われたEAFF E-1チャンピオンシップで4-1の勝利をおさめる前までは、4勝7分け4敗で伯仲していた。
これまでの圧倒的だった戦績とは明確な差がある。

韓国の実力が落ちたのではない。
日本がより強くなっただけだ。
日本は協会次元で代表を強くするという明確な計画があった。
地域密着を土台としたプロリーグ設立、そのリーグを通じたサッカー底辺の拡大がすぐサッカー代表の成長に繋がると信じた。
明確な目標は最終的に日本サッカーの発展に繋がった。
田嶋幸三会長は「先代の確固たる目標が最終的に日本を強くした」と説明した。



田嶋日サッカー協会会長特別対談①「韓国の力をもっと学ばなければならない」
ジョイニュース24




※一部要約

どの分野でも日本と争えば"ライバル"になる。
スポーツであれば尚更そうだ。
特に"ナショナリズム"が最も強くぶつかるサッカー代表の試合であればもっとである。
あの有名な"倭人(日本)に負けたら玄界灘(大韓海峡)に身を投げろ"という言葉もサッカーから始まった。
それだけサッカー韓日戦はすべての関心を集めた。

だが最近になってその意味はますます霞んできている。
韓国は日本を相変わらず越えなければならないライバルと感じているが、アジアサッカーを脱して世界の舞台との差を縮めるために脱亜を指向する日本にとっては、イラン・オーストラリア・サウジアラビアなどとともにライバルの一つと認識する傾向が深まっている。

本当にそうなのか、"ジョイニュース24"は疑問を解くために国内のインターネットメディア、新聞で初めて9月27日に日本東京の日本サッカー協会(JFAハウス)で田嶋幸三会長と会った。
韓国サッカーへの印象から、世界に向かおうとする日本サッカーの政策まで、様々な話を加減なく聞いてみた。

「チョン・モンギュ会長と昨日もウズベキスタンのタシュケントで会いました」

体格の良い田嶋幸三日本サッカー協会会長は、AFC執行委員でチョン・モンギュ大韓サッカー協会会長と会ったという便りを伝えた。
チョン会長とは親交が深いほうだという。
韓日両国のサッカー交流の方法から、東アジアサッカー発展の方法など、多くの課題についてチョン会長はもちろん、以前のチョン・モンジュン名誉会長、チョ・ジュンヨン元会長とも頻繁な交流をしていたという。



幼少年惨敗に監督の性的スキャンダルまで…日年代別代表、最悪の一日
エクスポーツニュース




※一部要約

日本サッカー代表の年代別代表が、相次いで炸裂した悪材料によって泣きっ面になった。

日本U-19代表は1日、インドネシアで行われたAFC U-19チャンピオンシップ準決勝でサウジアラビアに敗れて決勝進出に失敗した。

日本サッカーの希望と言われる久保建英を筆頭に宮代大聖らの最精鋭を投入したが0-2で完敗した。

準決勝を行う前から日本サッカー界は不透明な雰囲気だった。
先に日本U-17女子代表の監督が性的スキャンダルを理由に辞任したという事実が明らかとなり、日本サッカー界は冷水を浴びせられた雰囲気だった。

午前にセクハラ事件に続き、黄金世代を自負していた幼少年選手が凄惨に敗北した日本サッカーは、最悪の一日を過ごすことになった。



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