初・中キングオブキング戦廃止・・・大学Cゼロルール拡大
蹴球ジャーナル




※一部要約

学生サッカーに大きな変化が起きる。
来年から初等と中等リーグのキングオブキング戦が行われない。
大学サッカーではCゼロルールが全面適用される。

大韓サッカー協会は17日、サッカー会館で理事会を開き、2009年から行われてきた初・中リーグのキングオブキング戦を来年から廃止し、圏域リーグだけを行うことに決めた。
これまで初等部と中等部は、3月から10月まで地域別に分かれてリーグ戦を行なった後、各圏域の上位チームを集めてキングオブキング戦を行なっていた。

しかし行き過ぎた競争により、キングオブキング戦が"楽しむ幼少年サッカー文化の定着"というリーグ発足の趣旨に合わないという指摘が提起されていた。
トーナメント形式で若い選手が多大な圧迫を受けるということである。
またサッカー協会は、選手が上級学校進学のためキングオブキング戦の前に転校する現実があるので、一線の指導者がキングオブキング戦の廃止を建議したと説明した。
ただし、高等部では現在のようにリーグとともにキングオブキング戦をずっと開催する計画である。

この日の理事会ではまた、"勉強する選手"育成のため、来年からCゼロルールに同意する大学のみをUリーグに参加させることにした。
Cゼロルールというのは、2学期の全体科目の平均単位がC未満の選手は、大学リーグに参加できないようにする制度である。
したがって、来年のUリーグに参加する2学年以上の選手は、今年の1・2学期の平均単位がC以上でなければならない。
今年は大学スポーツ総長協議会所属の大学のみに適応された。



[オフィシャル] 仁川U-18大建高チョン・ウヨン、ドイツのバイエルン・ミュンヘン移籍確定
仁川ユナイテッド

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※一部要約

仁川ユナイテッドU-18で大建高のサイドアタッカーであるチョン・ウヨンがドイツ・ブンデスリーガのバイエルン・ミュンヘンに移籍する。

仁川は30日、報道資料で「仁川U-18で大建高のチョン・ウヨンがバイエルン・ミュンヘンに移籍する。仁川はチョン・ウヨンについてヨーロッパの様々なクラブからオファーを受けたが、その中で最も積極的な意志を見せたバイエルン・ミュンヘンのオファーを断るのが難しかった。チョン・ウヨンのさらなる成長を望み、今回のドイツ行きを積極的に助けた」と明かした。

続けて「チョン・ウヨンは2018年1月頃にバイエルン・ミュンヘンに合流することになり、契約期間は4年6ヶ月」と付け加えた。


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契約成立の前にチョン・ウヨンは、5月に仁川と現所属の大建高の積極的な強力によってドイツに渡り、バイエルン・ミュンヘンをはじめとする計3~4つのブンデスリーガクラブでテストをして徹底した検証を受けた。

180センチ、67キロのチョン・ウヨンの主なポジションはサイドアタッカーである。
中央や攻撃型MFもあまねく消化できるほど基本技がしっかりしていて、水準級の技術やセンス、スピードなどを漏れなく持っている全天候アタッカーだ。


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今回ブンデスリーガ進出に成功したチョン・ウヨンは「仁川や大建高、そして周囲の多くの方々の積極的な助けによって、私が夢見てきたことが実現することになった。すごく嬉しく、感謝の気持ちを持っている」と語った。



スペインメディア、「イ・スンウ、バルセロナBチーム残留を望む」
マイデイリー




※一部要約

イ・スンウがバルセロナに到着した。
彼はクラブとミーティングをして自分の将来を決める計画である。

スペインのスポルトは28日、「イ・スンウがドイツ経由でバルセロナに到着した」と伝えた。
それと同時に「イ・スンウは将来について確実な気持ちを持っている。バルセロナB残留を望んでいる」と説明した。

イ・スンウは26日に仁川空港から出国した。
そのとき取材陣と会った彼は「率直に決められなかった。バルセロナと1年の契約が残っているので、クラブと話をして最高の選択をする」と語った。

イ・スンウはヨーロッパ内の9チームからラブコールを受けている。
ドイツ・ブンデスリーガのドルトムントをはじめとしてシャルケ、ボルドー、モンペリエ、ベンフィカ、ポルト、ヤングボーイズ、グラスホッパーらである。

しかしイ・スンウはバルセロナB残留を最優先にしている。
スポルトは「イ・スンウは来シーズンにバルセロナBでプレーすることを願っている」と伝えた。



[現場メモ] ファンから団長まで・・・チョン・スンヒョンの最後は美しかった
スポータルコリア

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※一部要約

蔚山は23日、チョン・スンヒョンのサガン鳥栖移籍を発表した。
チョン・スンヒョンは蔚山U-18チームである現代高で成長した蔚山マンである。

しかしチョン・スンヒョンの選択は蔚山との別れだった。
2017シーズンは12試合に出場したが、挑戦を選んだ。
ホーム告別戦の直後、チョン・スンヒョンは「シーズン中に移籍を発表して気が重い。理由は挑戦である。蔚山と韓国を代表するとう気持ちで日本で成長する」と最後の挨拶を伝えた。


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ファンはチョン・スンヒョンの未練を温かく受け入れた。
試合後、チョン・スンヒョンと一緒にした打ち上げの場で「引退は蔚山でするよう願う」、「サガン鳥栖に行っても蔚山でのようにすればできる」と応援のメッセージを残した。

キム・グァングク団長は「(チョン・スンヒョンが去って)本当に残念だ。日本でさらに成長することを願っている。本人にも必ず良い結果があるだろう。ずっと応援している」と別れの挨拶を伝えた。



8強を越えられなかったアジアサッカー"育成が答えである"
スポーツ東亜




※一部要約

地球村サッカーの青春が熱い情熱を吐き出した"FIFA U-20ワールドカップコリア2017"が11日、水原ワールドカップ競技場で行われたベネズエラ-イングランドの決勝戦を最後に幕を下ろした。
全世界の24ヶ国が出場して激しく争った23日間の今回の祭典は、韓国が単独で開催した国際サッカー大会の中で最も大規模だった。

アジア国家は本当に熱心に戦った。
シン・テヨン監督が率いた韓国は、死力を尽くして"死のA組"を突破した。
日本はウルグアイ、イタリア、南アフリカと争ったD組で1勝1分け1敗をおさめた。
サウジアラビアもアメリカ、セネガル、エクアドルと同じF組で1勝1分け1敗をマークした。
グループ最下位に留まったが、イランはザンビア、ポルトガル、コスタリカと一緒になったC組で1勝2敗を上げた。
ベトナムはE組でニュージーランドと引き分け、史上初の出場で勝ち点を申告した。


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だが善戦はGLだけだった。
韓国、日本、サウジは16強に上がったが手に負えなかった。

他国はともかく韓国だけ見ても、ライバル国との差が大きかった。
韓国はGL1次戦から総力戦で出た。
一方、強豪は違った。
1次戦よりは2次戦、2次戦よりは3次戦でより強かった。

このように追い回される運営をする理由は簡単である。
基本技だ。
同年代で最も優れた実猟を備えているというが、ヨーロッパや南米の有望株と比べれば及ばない。
多くが大学生で、プロのユニフォームを着ていてもあまり試合に出られない。
その上アマチュアの舞台では、低学年という理由で、実力に関係なく出場に困難を経験したりもする。
U-20代表で集まれば、"前進パス"から再び教えるとういのが現実である。


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U-20ワールドカップの性格も少し変わった。
最近ではユースからすぐに成人代表へ"飛び級"できなかった若手を成長させる舞台に変貌した。

あるヨーロッパチームのメディア担当官は「私たちは最上位レベルではなく、Bレベルで完成に近い選手を連れてU-20ワールドカップに参加した。3大会前(2011年のコロンビア)からサッカー協会の次元でそのような政策にした」と説明した。
もう優勝のタイトルに縛られないということである。
韓国をはじめとするアジア国家も、もう大会へのアプローチ方式から発送の転換が必要に見える。



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