U-19代表ジョ・ジヌ、ストライカーからセンターバックに
大韓サッカー協会




※一部要約

「もうCBのほうがもっと気楽になりました」

1年前までFWとして韓国U-19代表メンバーに上がっていたジョ・ジヌ(松本山雅、日本)である。
18日に開幕する"2018水原JSカップU-19国際青少年サッカー大会"を前にして、今回の招集メンバーではDFで名前を上げた。
ジョ・ジヌは11日午後、坡州代表トレーニングセンター(NFC)で行われた安養との練習試合で、1クォーターではCBとしてイ・ジェイク(江原FC)と呼吸を合わせ、2クォーターではキム・ヒョンウ(中央大)と2トップでプレーした。

2-0の勝利で試合を終えた後、ジョ・ジヌに会った。
去年6月に木浦で行われた3次招集練習以降、久しぶりに代表に乗船したジョ・ジヌは「ほぼ1年ぶりだ。良い選手と一緒にできて嬉しい気持ちになった。久しぶりに来たので緊張感もある。これまで見せられなかったことなどを見せなければならない。緊張半分、ワクワク半分だ」と語った。



[パク・サンギョンのJサッカー] 統合MDを定着させた日、Kリーグもできる
スポーツ朝鮮




※一部要約

"革新と変化"という言葉で成し遂げられるものではない。
多くの挫折と名残を通じてうんざりするほど得た教訓である。

反転のためにもがいているKリーグの足取りはさらに早くなっている。
統合マーチャンダイジング(MD)事業の推進が世間に公開された。
各クラブの入場券、マーチャンダイジング商品の販売を統合管理し、付加価値を高めるという発想である。
共生や変化、究極的な発展のための歩みに、サッカー界の従事者だけでなくファンも良い結果を願っている。


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Kリーグの統合MDは実は今回が初めてではない。
2013年にソウル東大門にKリーグストアが扉を開いたことがあった。
Kリーグ1・2部のチームが作ったMD商品を一つの空間で販売する形態だった。
ファンの大きな関心を集め、実際にオフライン売り場を訪れた人々もいた。
結果は残念だった。
千差万別の製品の質だけでなく、数量や消費者ニーズとかけ離れた商品だけだった。
アクセシビリティというオフラインの限界からも脱することができなかった。
いつからかKリーグストアのニュースは聞こえなくなった。
5年前の失敗を再び繰り返してはならない。
徹底した原因分析と補完策が必要な理由である。



[サッカーピープル] "プロ10年"GKキム・ジンヒョン、「私にとってワールドカップそして"ワンクラブマン"というのは…」
スポーツ東亜




※一部要約

孤独な自分自身との戦いの記憶は数日前のようだが、すでに10年が流れた。
代表守門将キム・ジンヒョン(31・セレッソ大阪)は2009シーズンにプロデビューして、今年で10回目のシーズンを過ごしている。

これまで一度も視線を回したことはない。
ただ日本、それも1チームだけで10年目である。
舞台を別にしただけだ。
所属チームの降格と昇格、栄誉と恥辱をともにしてJリーグとJ2リーグは行き来したが、別のユニフォームは着たことがない。

もう30代序盤、青々しい青春をそのまま捧げてプレーした日々より、これプレーできる日々が少なくなったのも事実である。
冷酷なプロの世界で大言壮語はできなくても、"ワンクラブマン"という単語を慎重に持ち出すときになった。

だがキム・ジンヒョンは低姿勢になった。
最近、大阪堺のセレッソ大阪のクラブハウスで会った彼は、「クラブに無理な契約延長の条件を提示しなかったので10年間留まることになったようだ」と笑った。
率直に実感が湧かない。
日本では1チームにすべてを捧げる選手が比較的ありふれている。
16年目を迎えた選手でもこれといって特別ではないところである。



開幕目前のJリーグ、40歳以上の選手が10人を超える
蹴球ジャーナル




※一部要約

Jリーグが開幕を目前にしている中、今シーズンに満40歳以上の選手が10人以上であることがわかった。

日本プロサッカーは23日のサガン鳥栖とヴィッセル神戸のJ1開幕戦をはじめとしてJ2は25日、J3は来月9日にスタートする。
1993年にスタートしたJリーグは今年25周年を迎えた。
サッカー専門メディア<ゴールドットコム>日本版は、Jリーグ元年から今まで選手生活を続けている選手2人を含む、今シーズンの最高齢選手1~10位を最近紹介した。

1~2位は1990年代に代表の韓日戦で活躍し、韓国ファンにもよく知られている三浦知良と中山雅史である。
1967年生まれの同い年のFWで三浦は2月26日、中山は9月23日が誕生日である。
今シーズンに三浦はJ2横浜FC、中山はJ3のアスルクラロ沼津でプレーする。

三浦は1986年にブラジルリーグでプロデビューして約5年間活躍した後、日本に戻ってヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)でプレーしてJリーグ元年のMVPに選ばれた。
その後イタリアやクロアチアなどの海外リーグを経て、2005年から再び日本で活躍中である。
特に去年3月12日のザスパクサツ群馬戦で満50歳14日の年齢でゴールを決め、最近に最高齢プロリーグ得点選手としてギネスブックに名前を上げた。

中山は1993年当時に実業リーグでプレーしていてJリーグ元年の舞台で走れなかったが、翌年に所属チームのジュビロ磐田がプロチームに切り替わって本格的に活躍した。
1998年にMVPと得点王を席巻するなど、最高のFWとして名前を轟かせて2012年に引退した。
2015年に実業チームの沼津に入団して選手生活を再開し、翌年J3に合流して再びプロになった。
だが2016年から公式戦の出場記録はない。



[パク・サンギョンのJサッカー] 水戸が示した"アイディアの力"、Kリーグも学ぼう
スポーツ朝鮮




※一部要約

"革新"はKリーグ危機論が台頭するたびに論じられる単語である。

貧益貧富益富(※貧乏はさらに貧乏になって金持ちはさらに金持ちになる)、テレビ中継権、リーグ運営システムなど、Kリーグの問題点があらわれるたびに様々な主張が溢れた。
ほとんどが"古い枠組みを打破し、画期的なアイディアによって一歩進まなければならない"という方向だった。
だが空虚な響きがあるだけで、流れを変える変化は見つけられなかった。
肝心の実践できる小さな変化には無関心な姿だった。

小さいが意味のある一歩、日本Jリーグの"万年2部チーム"水戸ホーリーホックが最近実現させた"驚きのアイディア"は注目に値する。
水戸は28日、新たなクラブハウスを公開した。
地域内の廃校を改修してクラブハウスに脱皮させた。
土の運動場に芝を敷き、校舎を新たに改装した。
校長室を監督室に変えるなど、面白いアイディアも入れた。
地元民と共生するため、クラブハウスの敷地内に公民館、町役場支所なども同時に備えた。
徹底した地元密着、共生の構図である。


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