ソウル-江原、血戦を繰り広げたが乱打戦ではなく0-0の引き分け
OSEN




※一部要約

FCソウルと江原FCが無得点で引き分け、試合を終えた。

FCソウルと江原は11日、ソウルワールドカップ競技場で行われたKリーグ2019・25ラウンドの対決で0-0の引き分けを記録した。

3位ソウル(勝ち点46点)と4位江原(勝ち点39点)はそれぞれ勝ち点1ずつを手にして格差を維持した。






[オフィシャル] "日本ガンバFW"食野、マンシティ入団確定…レンタル有力
インターフットボール




※一部要約

ファン・ウィジョとガンバ大阪でプレーしていた食野亮太郎もチームを去る。
EPL優勝チームのマンチェスター・シティが行き先だ。
ただし食野はワークパーミットを通過できず、すぐにヨーロッパ内の他クラブへレンタルされる可能性が提起されている。

ガンバ大阪は9日、公式HPで「食野をマンシティに送ることを決めた」と発表した。
2017年にガンバ大阪に合流した食野は、2年でチームを移すことになった。

食野はガンバ大阪が大事にしている有望株だった。
今シーズンにU-23チームと1軍を行き来して活躍した。
J3リーグ所属のU-23で8試合8ゴール2アシストを決めるなど大活躍し、1軍でも12試合3ゴールで優れた成績を残した。
サイドの資源で最前方FWも消化できる選手である。

宮本恒靖監督をはじめとして、ガンバ大阪は食野を引き止めることを望んだが、ヨーロッパ進出を望む選手の意思を止められなかったことがわかった。
食野はイングランドの移籍市場の締め切り前に承認を受けたという。
ガンバ大阪はファン・ウィジョをジロンダン・ボルドーに送ったのに続いて、食野までマンシティに移籍させることになった。



オ・ジェソク、FC東京デビュー…LB出場でチームの3-0勝ち牽引
ゴールドットコム




※一部要約

最近ガンバ大阪を去ってFC東京にレンタル移籍したオ・ジェソクが、新クラブデビュー戦でチームの3対0の勝利を助けた。

オ・ジェソクは3日、FC東京のホームである味の素スタジアムで行われたFC東京対セレッソ大阪のJリーグ21ラウンドの試合に、左SBとして先発出場してフルタイムを消化した。
チームメイトのナ・サンホは後半に交代出場し、セレッソ大阪の守門将キム・ジンヒョンもやはり先発出場した。

両チームの試合は後半に3ゴールを炸裂せせたFC東京の3対0の勝利に終わった。
この試合結果により、FC東京はリーグ2位の横浜に勝ち点6リードして、リーグ優勝への巡航を続けることになった。
チョン・ソンリョンがゴールを守る川崎は1試合行っていない状況であり、次の試合で勝てば勝ち点4差でFC東京を追撃することになる。

一方、大阪を去ってFC東京に移籍したオ・ジェソクは最近、"ゴールドットコム・コリア"とのインタビューで、大阪時代に縁を結んだ長谷川監督がレンタル移籍の決定的な要因だったとして、「チームの初優勝を助けたい」と語ったことがある。



"大阪7年"後に東京行き、オ・ジェソク「変化は怖くない」
ゴールドットコム




※一部要約

日本Jリーグでは過去も現在も多くの韓国サッカー選手がその実力を認められ、日本のファンの尊重と愛を受けて活躍している。

その最も代表的な選手の1人がオ・ジェソクである。
2013年にガンバ大阪に入団したオ・ジェソクは、その後日本の舞台で"トレブル"(2014年)を達成してJ1の試合だけで100試合以上出場し、リーグの名門ガンバ大阪の歴史すべてを合わせて"最長期間"活躍した外国人選手になった。
彼が大阪で残した記録はそれ自体で意味を持つが、それは決してただの記録に限らない。
彼の記録はそれだけ選手としての実力と、人間としての品性を日本サッカー界で認められたので可能なことだった。

そんな彼が7年間の大阪生活を整理し、東京に舞台を移した。
最近FC東京にレンタル移籍し、東京での新たな出発を準備しているオ・ジェソクと会い、彼が直接語る移籍の背景、そして今後の計画や覚悟について聞いてみた。


ゴールドットコム:こんにちは、会えて嬉しいです。まず最初に7年間活躍した大阪を離れ、FC東京に入団した所感はどうですか?

オ・ジェソク:Jリーグに来てから今年で7年目になり、プロ生活では10年目になりましたが、初めてシーズン中にチームを変えることを経験しました。20代の多くの時間を大阪という都市で、ガンバというチームとともに過ごしたので、すごく多くの思いが去来しました。感情や考えを整理する前に新たな環境や状況に適応しなければならなかったので、まだ多くのことに慣れてませんが、最も重要なのは変化は怖くないということです。東京に来て、すべてを新しく始めることを楽しんで受け入れてます。


ゴ:レンタル移籍の話はやや急でしたが、レンタル移籍の背景と、レンタルを決めることになった理由は?

オ:ガンバ大阪にいて、コンディションに問題がないのに戦力外に分類されたのは、1年目を除けば初めてでした。シーズン序盤は問題なく出場していましたが、クラブの序盤の成績があまりに良くなかったし、宮本監督が若い選手を中心にして、選手構成や戦術など、クラブのすべてが変わる状況を受け入れなければなりませんでした。実際はガンバへの愛情が強いので、少ないチャンスでも残って一緒にしたかったです。ところが日王杯の試合前にFC東京側からレンタル移籍に関する電話を受け、2~3時間くらいで決めなければならない事案でした。まず家族と早くに相談し、何より最終的には自分の気持ちが動いて、ガンバ大阪の強化部長と監督にお願いして、挑戦を選択することになりました。



[現場インタビュー①] キム・スンギュ、「私の胸の内、蔚山以外のチームを考えたことない」
スポータルコリア




※一部要約

「行く前に約束した。また来ると。常に心に抱いていた。蔚山現代以外の他のチームは考えたことない」

大韓民国No.1守門将キム・スンギュの顔からは、トキメキと悲壮さが同時に滲み出ていた。

蔚山は26日にキム・スンギュの合流を伝えた。
2016年1月以降、3年6ヶ月ぶりに虎穴に戻ってきた。
24日にメディカルテストを終えたキム・スンギュは、契約書に印鑑を押した。
26日午後4時頃、個人の荷物をいっぱいにして蔚山のクラブハウスに姿をあらわした。
事務局員と挨拶を交わした後、割り当てられた部屋を確認した。
すべてが馴染み深かった。
まるでずっと暮らしていた選手のように。

久しぶりに取材陣と向き合った彼は「我が家のように気楽だ。昨日もここにいたみたいだ。まだ運動をしてなくて実感がない」と笑った。

義理を守った。
他クラブの獲得オファーを拒み、実家を選んだ。
誰であっても揺れるしかない好条件だった。
それでも本人は確固としていた。
胸中に蔚山をしまっていた。

キム・スンギュは「日本を発つ前から蔚山に戻らなければならないと思っていた。行く前にファンとした約束だった。他チームが提示した条件と比較しなかった。考えすらしなかった。決定に大きな困難はなかった」と打ち明けた。



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